伝説を持つ時計 質屋 マルニシ質店
伝説を持つ時計コラム

ホーム > 伝説を持つ時計

 機械式の時計が発明されたのは、13世紀といわれています。その後、改良が加えられ精度の向上と小型化が図られました。そして20世紀になって本格的な腕時計が製作され、1969年にはクォーツ時計が生れました。こうした時計の進化の中で、歴史にのこる名機がいくつも生れ、伝説が語りつがれています。
 このコーナーではそうした名時計を解説させていただきます!

第30回 ジャンリシャール TVスクリーン

 ジャンリシャールというブランドを聞いても、日本ではあまりなじみが無く知っているひとはかなりの時計好きだと思います。 しかし、このブランドの 名前の由来となった、ダニエル・ジャンリシャールの名前をスイスで知らない人は居ないでしょう。
ダニエル・ジャンリシャール  彼こそはスイス時計産業の中心地であるジュラ地方に 時計産業の素地を築いた最大の功労者であり、ル・ロックルの時計学校とシャトー・デ・モン時計博物館に彼の銅像が立っています。ジャンリシャールが時計製造に乗り出したのは1688年ごろと言われています。それまで時計は、各工房で職人が殆ど芸術品と同じく手作りで作っていたのですが、彼は機械メーカーと提携して専門の製造設備を作り分業制を導入しました。これにより、各部品を専門に作る工場、会社をつくり、各工房に部品を供給する システムを作り上げました。 また、時計の機構でも、カレンダー機構などを発明し、スイス時計産業に大きな功績を残しています。彼自身の名前を冠した会社も子孫がが受け継ぎ、1960年代まで質の高い機械式時計を作り続けてきましたが、セイコーのクォーツショックにより低迷し休業してしまいます。 しかし1994年、ジラールペルゴのオーナーであったルイジ・マルカーソ氏がスイス時計産業に多大の貢献をした老舗ブランドの消滅を惜しみ、このジャンリシャールを取得し復活させました。そして新生ジャンリシャールを代表するモデルが「TVスクリーン」なのです。
  このモデルは1997年に発表され、ベースのデザインを踏襲しながら様々なバリエーションがあります。 このTVスクリーンの最大の特徴はそのケース形状にあります。1960年代のテレビがモチーフで、角型でも丸型でもない、まるで座布団のように見えることから、クッション型ケースと呼ばれています。 このTVスクリーンが出るまでは、このケース形状は腕時計には殆ど使われて来ませんでした。(他ではパネライ位しかありません) 新しいダニエル・ジャンリシャールながらも、どこかレトロさを感じさせるこの形状は発表当時、腕時計界に大きな衝撃をもたらし、10年目になる今も高い人気を維持しています。
  ケース大きさも、紳士用の ラージ(41x 39mm)、男女兼用のミディアム(37x 35mm)、 婦人用のレディ(29x 28mm)、横長のミレディ(28.7x31.7mm) と4種類あり、その中でも特にミディアムは、ダイアルカラー5色(ホワイト、アイボリー、ブルー、ブラック、ピンク)とストラップカラー7色(ホワイト、 ブラウン、ネイビー、ブラック、レッド、オレンジ、ピンク)とバリエーション豊富で、自分の好みにコーディネイトしてオーダーできるため、いわば自分だけ のTVスクリーンを所有することができます。 また、文字盤はギョーシェ彫りが施され見る角度によって微妙に表情がかわり、それにアールデコ調のアラビア数字のインデックスとダイアル地盤の色の組み合わせが絶妙にマッチしています。 また、このTVスクリーンのスペシャルオーダー品として風水の素材、色使いをしたものが存在します。これは2003年に企画されたもので、風水で最強の運気を持つK18ピンク ゴールドケースに、幸せの色ベージュの文字盤、財産の象徴の色ワインレッドのインデックスに運のタイミングを逃がさない深紅を針先に乗せてケースバックに「寶」(たから)という文字をいれた、まさしく風水パワーてんこ盛りのデザインがされていたそうです。 残念ながら、何本作られたのか、価格はいくらだったのか(100万円以上?)等、詳細は判っていません。

当店ではダニエル・ジャンリシャール TVスクリーン 白文字盤と、色違いの
ダニエル・ジャンリシャール TVスクリーン 黒文字盤を扱っております。


第29回 GSX BOLLARD (ボラード)

 以前に「時計の豆知識」でショップオリジナルの時計を紹介しましたが、このBOLLARD(ボラード)は、BEST時計店のプロデュースするGSXシリーズの中で最高峰をめざし、「素材感」「質感」「存在感」「装着感」といった「本物の時計の価値観」にこだわって開発されました。そして最高の素材を適切な加工により、丹念に仕上げ、職人が組み立てるという、かつての時計作りの基本を徹底的に追求したものです。
gsx  時計の伝統を再度検証し、工業デザインのの見地からも時計の「使用感」を高めるような時計の大きさ、厚さ、重量を産出しました。 また、200g というヘビー級の重さはずっしりとした「重量感」を生み出し、腕に時計を着けているという「存在感」を与えます。さらにグランドコンプリケーションという伝統的な複雑機構を搭載することにより「価値観」を高めています。時計業界では、重要な発明とされる複雑機能が6つあり、この6大複雑機能のうち3つ以上搭載している時計をグランドコンプリケーションと呼びます。
 
この6つとは、ムーンズフェイス、スプリットセコンドクロノ、ミニッツリピーター 、パーペチュアル(永久)カレンダー、ウルトラスリム、 トゥールビヨン(個々の説明は時計の豆知識のグランドコンプリケーションの回を参照してください)ですが、これらを機械式で製作すると、最低でも 50万円以上、特にトゥールビヨンを組み込んだ時計は数百万円するのが相場です。しかしボラードは、クォーツ式グランドコンプリケーションムーブメント (ムーンズフェイス、スプリットセコンドクロノ、ミニッツリピーター 、パーペチュアル(永久)カレンダーの4つの機能を搭載)を組み込むことに より、価格をおさえ、なおかつ「価値観」を高めています。さらに24時間計およびベゼルに航空回転計算を搭載、風防ガラスに無反射コーティングすることにより、航空時計としての使用も可能になっています。風防ガラスは、高価なサファイアクリスタルガラスをさらにドーム状に加工することで、正面からの衝撃を時計本体へ逃がす衝撃分散を図っています。本体およびブレス素材には「316Lステンレススチール」のみ使用しています。このステンレスは、オーステナイト系と呼ばれ、クロム12%を含み、硬度、靭性が高く、高価で加工が困難なのですが、その分強靭で、ロレックス、ブライト リングなど舶来高級時計の殆どが使用する素材です。 また、ニッケルの溶け出しが少なく、アレルギー反応しにくいのも特徴です。この素材を数年間屋外で枯らして十分に歪みを出し切ったあと、無垢材より削り出し、各加工、処理をへて、ケース、ブレスを作っています。それを、職人がほとんど手作業で丹念に仕上し、 組み立てていっています。 つまりこのボラードの外装は、数十万円の高級時計と同等かそれ以上の手間暇をかけて作られているのです。
  1999年にファーストモデルが発売されてから、2003まで、毎年新モデルが本数限定で発売されています。2000年モデルのペットネームは「スピード」、黒のイオンプレーティング処理されたケース、ブレスとカーボンダイアルの組み合わせはまさにサーキットの イメージで、アラビア数字の夜光インデックスが視認性を高めています。2006年4月発売のスターウォーズとのコラボレーションモデル ボラード 「ダース・ベーダー」は黒光する甲冑のイメージで、本体、ブレス、文字盤の全てがグロス仕上げされており、ケースバックのミニッツリピーター音響穴から あの「コー、ホー」という独特の機械呼吸音が聞こえてきそうです。また、ムーンフェイスの月が「デススター」になっておりファンの心をくすぐるデザインになっています。

当店ではGSX ボラード GSX1977SWS ダースベーダーを扱っております。


第28回 ティソ Tタッチ

 1853年創業のティソは2003年に150周年を迎えた老舗のスイス時計メーカーです。ティソは1938年以来、スポンサーや、タイムティソキーパーとして 多くのモータースポーツ、自転車競技、アイスホッケー、フェンシング、サッカー等に関わってきました。ティソがスポーツに積極的に取り組んできた理由は、 ティソの信条である、正確さと機能を追求した最先端技術開発への挑戦と、スポーツの特に時間記録への挑戦というベクトルが合致したからです。そのスポーツの中で、ティソが特に力を入れているのが、二輪ロードレース世界選手権 MotoGPです。
  MotoGPはオートバイ世界GPの頂点であった500クラスが2002年に4ストローク化のレギュレーション 変更とともに改名されたものです。各チームがしのぎを削るレースをティソは年間フルサポート、オフィシャルタイムキーパーとして運営に参加しています。そして、このMotoGPのシンボルモデルになっているのが、Tタッチなのです。
  2000年に発表されたTタッチは、シンプルかつ洗練されたフォルムに通常の時計機能の他、世界初のガラスタッチセンサーを搭載し、6つの計測機能を面倒かつ複雑な操作を必要とせず、瞬時に切り替え、計測、表示できるようになったまさに革新的なモデルです。

  その6つの計測機能とは以下の通りです。
1. METEO:晴雨計 気圧の上昇時(晴れ)の場合、針が12時より右に低下時(曇り、雨)の場合は針が左に動く。また、液晶に気圧数値を 表示します。気圧の変化を計測することで今後の天気を予測できます。
2. ALTIMETER:高度計 −400〜9000mの範囲で海抜高度を メートルまたは、フィートで液晶に表示します。
3. CHRONO:クロノグラフ 1/100秒単位で最大9時間59分59.99秒まで計測できます。 (+)、(−)ボタンでスタート、ストップリセット等を操作します。ラリー加算やスプリットタイムも計測可能です。
4. COMPASS:方位計 アナログ針が一直線となり、分針が北を、時針が南を表示します。ベゼルに方位が刻まれており、磁気偏差の調整も可能です。
5. ALARM:アラーム1分単位で設定でき、セットした時刻になると電子音で知らせます。(T)ボタンでオン、オフ、(+)、(−)ボタンでアラーム時刻の設定を行ないます。
6. THRMO:温度計 −10℃〜60℃の範囲で、計測し、摂氏または華氏で、周囲の温度を液晶に表示します。まさに時計の域を越えたハイテク計測機といえるもので、そのデザイン性の高さからアウトドアはもちろん、タウンユースにもフィットします。

 女優アンジュリーナ・ジョリーが 映画「トゥームレイダー2」「Mr.& Mrs.スミス」の中で、Tタッチを着用し、劇中実際にその機能を使用したことで、一気に注目が集まりました。当初は白、黒の文字盤とブレス、黒ラバーベルトのタイプしかありませんでしたが、オレンジラバーベルトや2005年には、 ポリッシュチタンケースにシェル文字盤、白革ベルトなど、バリエーションも多彩になり、ティソの代表的なモデルの1つになっています。

当店ではティソ Tタッチ オレンジラバーを扱っております。


第27回 ジン EZMシリーズ

 ジンというブランドは、まさに質実剛健なドイツの時計、といったモデルを リリースしてきます。もとはドイツ軍パイロットで飛行教官でもあったヘルムート・ジンがパイロット用の時計を作り始めたことが発端です。視認性、機能性をとことん追求し、無駄な装飾を省き、堅牢に創られた製品は、時計というよりも航空計器に近いものでプロフェッショナル達の要求を完全に満たしていました。
  こうしたジンの技術力、時計作りにおける信念を見込んで、ドイツ税関犯罪局の特殊部隊ZUZが部隊用の時計の開発を依頼してきました。ZUZは、兵器、麻薬密輸など、国境を越えた組織犯罪に対してアジトを 急襲するといったような危険で際どい任務を遂行する戦闘部隊です。そうした極めて過酷で特殊な任務に使用する時計として開発されたのが、EZM1です。
  EZMとはドイツ語でEINSATZ(出撃)、ZEIT (時刻)、MESSER(計測機器)の略でまさに特殊目的を行なうスペシャリストの時計となっています。この時計はクロノグラフ(計時 機能)を装備していますが、普通のクロノグラフに有るようなスモールダイアルはありません。ZUZの作戦行動は通常15分以内で終了する ため、不要なスモールダイアルを省くことによりメインの時刻針の視認性を 妨げないようにしています。また、通常、右利きの人用の時計は操作 し易いように、リューズをケース右側に配していますが、作戦開始後は終了までリューズをする必要がないため、激しい動きを行なう作戦行動 中に時計をはめている左手首を痛めないように左側に配しています。さらに、マイナス20℃〜70℃まで耐える仕様で、寒い屋外から暖かい室内へ突入する場合などの急激な温度変化による結露を防止するため ドライカプセルを装備し、アルゴンガス充填と特殊オイル使用により、精度低下を防いでいます。ムーブメントにはセンタークロノグラフ針を 持つ、レマニア5100(オートマチック)を採用し、飛行機型の大きな 計時針を装備することで、時間の経過が一目で分かるようになっています。 また、ケースには軽量で対蝕性に優れたチタンを使用しています。
  このEMZはシリーズ化されて、現在4機種、EMZ4までリリースされています。EZM2はドイツ国境警備隊の対テロリズム専門の特殊部隊 GSG9からの要請で開発されたダイバーウォッチです。GSG9はその任務の内容から、射撃、通信、突入、ダイビング、ロープ降下などすべてに おいてスペシャリストでなければならず、テロリストから狙われる可能性も あるので、隊員構成、氏名、身分など一切公表されていないシークレット部隊 です。その部隊の要求として、視認性および対圧力、対衝撃性を最も重視したため、クォーツムーブメントを採用し、さらにケース内部をシリコンオイルで満たすことにより、理論上無限の耐圧性能をもっています。 (ただし、ムーブメントの安全性を考慮して500気圧防水を表示しています)
  この時計は、ドラマ「海猿」第4話で主人公が恋人からプレゼントされる ものと同じものです。 (あまり出番はありませんでしたが…) EZM3は、ETAのオートマチックムーブメントと軟鉄製インナーケースを 採用し、対磁性を強化したダイバーウォッチで、ドイツ警察特殊部隊からの要請で開発されました。EZM4は、ドイツ消防救急隊とファイアーレスキュー専門誌との共同開発で作られたモデルで、EZM1と同じくレマニア5100のムーブメントが採用されています。このEZM4の特徴は、蛍光塗料で色分けされた文字盤にあります。 消防隊で使用する酸素ボンベの最低持続時間が30分であるため、 15分ごとに黄色、赤で色分けされ、救出地点への到着に15分、要救助者の救出、現場からの脱出に15分のタイムリミットが一目で分かるようになっています。
  また、秒単位の計時を瞬時に把握するため他のモデルには無いスモール セコンドを装備、ケースは金属との接触で火花が出る可能性の高いチタンを避け、ステンレススチールを採用しています。
  レマニア5100ムーブメントの生産中止により、EZM1,4は生産中止 となっており、再生産は無いでしょう。 EZM2も現在、生産中止となって おり、EZM3以外は、中古で探すしかありませんが、マニア性の高い機種ですので、見つけたら即GET!でしょう。


第26回 MTM スペシャル オプス

 いままで数多くの軍用時計が各国軍隊の要請で開発されてきました。パネライルミノックスなどはそこから会社が設立されています。MTM社(元アメリカン・ウォッチ・カンパニー)も米軍へ15年以上軍用時計を供給してきました。そして、最前線で戦う特殊部隊隊の現役兵士からの要請で開発されたのが、MTMスペシャルオプスです。
  この時計には今までの軍用時計には無い画期的な機能が備わっています。特殊部隊の活動は夜間が多く、ライトが必需品となりますが、今までは時計とは別に小型懐中電灯などを携帯していました。 しかし、装備が多くなる、落として失ってしまうなどの不具合があり、兵士達から「時計に強力なライトを搭載できないか?」 という要望が多く寄せられました。そこでMTM社では、強力なLEDライト3個を時計の文字盤の12時4時、8時位置に搭載しました。この光源は、暗闇の中で1マイル(1. 6km)からでも確認できるほど強力なため、暗闇で地図を見たり夜間戦闘での兵士や部隊の位置確認、光点滅による通信に使用できました。また、敵に知られない様、発光させなくても、通常夜光でも非常に高い視認性が得られています。
通常、強力なライトを搭載するとその電源が問題になります。一般に使われるボタン電池では容量が足りないため大容量のリチウムバッテリーを搭載し、世界初の電磁誘導式非接触充電型のクォーツムーブメントを搭載しています。戦場では時計の裏蓋を開けてデリケートなムーブメントを晒して電池交換をすることなどできませんし、接触式の充電では充電電極部分を傷つけて充電できなくなってしまう可能性もあるためで、約8時間充電器に載せておくだけで、約30日分の動力が得られるようになっています。
またケース、ブレスに強靭なステンレススチールを採用し、さらにイオンプレーティング加工で表面硬度を上げて います。そしてケース、ブレスの接続に強靭な六角穴付ボルトを使用し、ベゼルを鋭角的なエッジにするなど、至近距離の戦闘で、腕時計そのものが武器となることを想定した作りになっています。
現在、米陸軍特殊部隊やネイビーシールズをはじめ、英国特殊部隊SASやイスラエル軍にも採用されており、もはや時計の領域を越えた、まさに最強の軍事ツールとなっています。
  また、この時計は日本でも人気の米国ドラマ「24 トウェンティーフォー」 (1話60分、1シーズン24話で、1日24時間に起こったことを多分割画面をつかった斬新な技法で表現し、最大のヒットとなった刑事ドラマ)でキーファー・サザーランドが演じる主人公のジャック・バウワーがシーズン5で着用し、注目を集めています。ドラマではステンレスブレスを防弾チョッキにも使用される強靭なバリスティックナイロンベルトに換えて使用していますが、最近、従来のステンレスブレスに加え劇中使用のナイロンベルトをセットにして専用BOXに収めた「24スペシャルボックスセット」がセレクトショップで発売されています。また、ナイロンベルト単体でも購入可能のようです。


第25回  シチズン カンパノラ グランドコンプリケーション

 国産時計メーカーというと品質は良いが安価であるというイメージが強く、高級時計としての認知が低い為、日本ではあまり人気が無いというのが現状です。シチズンの場合、信念が「市民のための時計作り」とうことで、リーズナブルな時計をずっと生産していたことと、機械式時計から撤退していたため、高級時計メーカーとしての認知はほとんどありませんでした。しかし、セイコーのクレドール、グランドセイコーなどは、海外では高級時計として認知されており、また、近年の高級時計ブームによりシチズンとしてもそうした高級時計のラインナップを揃える必要性を感じていました。

  フラグシップ機として上品かつシンプル、実用性を売りにしたザ・シチズンがあります(グランドセイコーに相当)が、シンプルすぎて、いまひとつ華やかさに欠けます。そこでマスプロダクトを考慮せず、こだわりを持った最高級時計のコレクションを企画しました。それが、カンパノラシリーズであり、その中で最高機種が、グランドコンプリケーションなのです。
カンパノラの名前の由来ですが、イタリア南部カンパニア地方という地名があり、ノラという街があります。伝説では、このノラの街にある教会の鐘が、歴史上、初めて人々に時刻を知らせる為に鳴らされた鐘だと言われています。
そして、それからノラの街の人々は同じ時間を共有し、秩序ただしく生活するようになったと言われています。 それは全土に広まり、人々はこのカンパニア地方のノラの鐘を「カンパノラ・ベル」と呼びました。
シチズンはこれを踏まえて、この時を報せる時計の起源とも言うべき鐘の名前をコレクション名としシチズンの物づくりの思想「技術と美の融合」を具現化するために最高級の腕時計を作り上げ、2000年カンパノラシリーズをデビューさせました。その当時流行になりつつあった、大きいサイズのケース2種類、丸型と縦長トノー型を採用し、部品、素材のひとつひとつにこだわりました。ベースムーブメントはシチズン製Cal.6770で、時計の6大複雑機能の内、ムーンフェイズ、スプリットセコンドクロノグラフ、ミニッツリピーター、パーペチュアルカレンダーの4つをクォーツ式で実現したものです。これを機械式で行えば、何千万円もするものになってしまいますが、クォーツ式にすることで低価格にできます。
  このムーブメントはシェルマングランドコンプリケーション、GSXボラードなどのショップオリジナル時計や他のブランドなどで、グランドコンプリケーション用のベースとして広く採用されています。ケースにはシチズンが独自に開発した金属表面保護処理であるデュラテクトを施し、曲面加工が難しいサファイアガラスを両面ドーム状に研磨してガラスを通して見る文字盤の歪みが少なくなるように工夫されています。文字盤そのものもいくつものパーツを組み合わせて、また、各パーツも細かな装飾加工をすることで立体的に作られています。
 毎年発表される限定モデルでは、文字盤にウルシを使ったものやシェルを象嵌したものもあります。2006年モデルではエコドライブを搭載し電池交換を不要にしました。(それまでのモデルはすべて電池式で電池寿命約2年です。)
現在は大丸百貨店(心斎橋店)のみですが、セミ・オーダーサービスを始めています。店頭に用意された文字盤、小窓、見返しリング、針、ベルト等を選ぶことにより、1万通り以上の組み合わせがあり、自分だけのカスタマイズした時計を作ることができます。
  店頭に専用コンピューターを設置して、各パーツを画面上で組み合わせて、その場で見ることができます。既製のデザインに飽きた方、人とは違う時計を欲しい方、試してみてはいかがでしょうか?

▲このページの上部へ移動


第24回  ランゲ&ゾーネ ランゲ1

 ビックデイトというカレンダー機構、日付けの1位と10の位を別々の窓で表示させることによって、従来より数倍大きな日付を表示できるもので、現在では、カルティエモーリス・ラクロアなどが定番シリーズに採用されています。この元祖がランゲ&ゾーネのランゲ1に搭載されたアウトサイズ デイトというメカニズムです。
  これまでのカレンダー表示は、1から31までの数字が描かれた1枚のリングを順次回転させるものでしたが、アウト サイズデイトでは、0から9までの数字が描かれた1の位のリングと、その上にのる、空白および1から3までの数字の描かれた十字架型ディスクの組み合わせで表示しています。リング式カレンダーであれば、31日の次はかならず1日になりますが、アウトサイズデイトでは、32日とならないように カムとストッパーを使って制御されています。
  ランゲ&ゾーネ社(ドイツ語で「ランゲとその息子達」の意味)の創業は、1845年とロレックス(1905年)よりも古く、オメガ(1848年)や ジャガールクルト(1833年)ユリス・ナルダン(1846年)など、高い技術力を持つ老舗時計メーカーど同時期になります。フランス、イギリス、 スイスで修行をした時計職人のアドルフ・ランゲがドイツのオーレ山脈地域の貧困さに驚愕し、グラスヒュッテに時計工房を開いたのが始まりです。 現地の 若者15人を時計職人として養成し、これをきっかけにこの地方に時計産業が花開くことになりました。 そして現在、グラスヒュッテはドイツの時計の聖地 として栄えています。
  1863年にクロノグラフの製造に成功するなど、数多くの複雑時計を世に送り出し、名実ともにドイツ時計界の最高峰を極め ました。しかし、第二次世界大戦の勃発により、工場が焼失してしまい、停戦後の1948年には、東西冷戦のため、旧東ドイツに属することになった グラスヒュッテの工場はすべて国有化されてしましました。その当事、家業を継いだ4代目ウオルター・ランゲは西ドイツに亡命し、ランゲ&ゾーネの社名は消えてしまします。さらにクォーツショックにより、機械式時計メーカーが事業縮小や廃業に追い込まれ、ランゲ&ゾーネの名前は40年近く封印されて しまいました。しかしウオルター・ランゲは時計への情熱を失わず、スイスIWC社と接触し、機会を待ち続けました。
  1989年ベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツの統一が始まると、ウオルター・ランゲは直ちにグラスヒュッテに舞い戻り、IWC、ジャガールクルト、ドイツ・マンネスマン財団等の支援を受けて、ランゲ&ゾーネ社を復活させました。そして1994年、ついに新生ランゲ&ゾーネ社の第1弾モデルである「ランゲ1」が誕生したのです。 ケースはK18かプラチナの無垢仕上げ、文字盤はシルバーを使い、先に説明した世界初のビックデイト表示のアウトサイズデイト機構を1時位置に搭載し、9時位置にオフセットされた時針、分針と5時位置のスモールセコンドが只者ではない独特の雰囲気を作り出しています。このビックデイト表示はその後、時計界のトレンドになったほど、このモデルの影響は大きく、新生ランゲ&ゾーネ社の象徴となりました。
 1994年10月には超複雑時計 トゥールビヨン・プール・ル・メリット(トゥールビヨンおよびゼンマイトルクの調整をする鎖引き機構を組み込んだモデル)を発表し、ランゲならではの 技術力の高さを世界にアピールし、再建後、僅か数年で時計界の最高峰の1つとして賞されるようになりました。 さらに2005年末には、ブランド創設 160周年および再生15周年を記念して、上記モデルにスプリットクロノグラフ機構を追加した、トゥールボグラフ・プール・ル・メリット(価格は税込み5150万円)が発表されており、その技術力の高さには益々磨きがかかっています。


第23回  モントル ブガッティ タイプ370

 イタリアの高級スポーツカーメーカー「ブガッティ」とスイスの神の手を持つ時計師と言われているミシェル・パルミジャーニ氏が創設した「パルミジャーニ・フルリエ」とのコラボレーションで生れたのが、この「モントル ブガッティタイプ370」です。ブガッティは2001年に1000馬力のW型16気筒エンジンを搭載した 「ブガッティ ベイロン16/4」 というスーパースポーツカーを発表しています。そしてこの車の開発に合わせて、この車のイメージを持つ時計として製作されたのが、この「モントル ブガッティ タイプ370」で、プロトタイプが2002年にSIHHで発表されました。この時計は、今までに無い多くの特徴を持っていますが、その筆頭は、そのケース形状にあります。腕時計は、通常は針の軸を腕に対して垂直に配置しますが、このタイプ370は水平に配置しており、普通の時計であれば、側面にあたるところに文字盤があります。車を運転中に腕時計を見ようとする場合は、ハンドルから腕をはなして、手首を返して文字盤を見ることになりますが、このタイプ370はハンドルから手を放さずに、文字盤を見ることができる様になっているのです。
  また、通常の時計では文字盤に当たる部分を含め5個所の窓が設けられ、中の機械の動く様があらゆる方向から眺められます。まるで、エンジンを腕に装着しているような感覚で、まさに車のエンジンからインスピレーションを得ていることが良く解かります。また、内部に使用している歯車に、ブガッティのスポークホイールのデザインを採用し、車では必ず採用されていますが、時計ではまず使われたことのなかった歯が45度傾斜したベベルギアやナットを使うなど、いたるところで時計と車の融合を意識した設計となっています。 また、ムーブメントとケースは4個のサイレントブロックを介して接続されており、外からの振動がムーブメントに伝わらないようにされています。これもエンジンとフレームの間にダンパーを入れてエンジンの振動を車体に伝えないようにする自動車と同じ構造となっています。さらに、時刻の調整とゼンマイの巻き上げに2つのリューズがケース裏面に配置されていますが、この操作に専用のスターターと呼ばれる器具を使用します。このスターターにはゼンマイが組み込まれており、クリップ部を回してゼンマイを巻き、そのエネルギーで時計本体のゼンマイを巻上げるしくみです。
  ゼンマイはツインバレル(2個組)でパワーリザーブは10日間におよびます。このスターターには巻き上げ時の力の係り具合を検知する複雑なクラッチが組み込まれており、時計本体に匹敵する最新技術が使われています。そしてこのスターターの開発には3年もの歳月がかけられているとのことです。また、時刻調整はスターターの先端を別のものに交換して行います。どちらの操作にしても、スターターという特殊な専用器具を使用することで、サーキットにおけるF1マシンのピット作業を連想させ、時計ではなく車を所有しているような気分にさせてくれます。
  もっとも、この時計は世界限定150本で価格はなんと¥28,500,000(税別)と、スーパースポーツカーに匹敵しますので、車を所有しているのと同じ感覚になっても不思議ではないかもしれません。ちなみに「ブガッティ ベイロン16/4」は2005年に東京モーターショーで市販車として正式デビューしましたが、価格は1億6300万円(税別)とのことですので釣り合いはとれるかも……?


第22回  グラハム クロノファイターとソードフイッシュ

 一度みたら絶対忘れられなくなる時計があります。 グラハム クロノファイターはその代表格といっても過言ではありません。 クロノグラフの発明者として英国が誇る、18世紀の時計師 ジョージ・グラハムの名前を冠した「グラハム」のブランドが登場したのが1995年、そして日本に上陸したのが2002年です。このグラハムの代表モデルであるクロノファイターは、左リューズ、大型の クロノ操作レバーを装備した他に類を見ないデザインにより、圧倒的な存在感を持ち、一躍人気モデルとなりました。 このクロノファイターの左リューズと 大型クロノ操作レバーは、イギリス空軍のパイロットの提案より生れました。高い高度で飛行中に手袋をしたまま、時間の計測ができるように考案されたものでした。
  また、右手の親指を使うことは、人間工学的に見て、レバーを瞬時に操作することに適しています。 クロノグラフのスタート、ストップの機能は リューズボタンに組み込まれ、どちらの操作もこのレバー1つで簡単に行えるようになっています。 横2つのスモール積算ダイアルを備えたこのモデルは、視認性も抜群で、ケース素材や文字盤でいくつかのバリエーションがあります。「クロノファイター ナイト オブ ハリケーン」はイギリス空軍の第二次世界大戦 時の単発戦闘機、ホーカー・ハリケーンの夜間爆撃機のイメージからデザインされ、文字盤やベゼル、ベルトにカーボン素材を使用し、SSケース250本、YG (イエローゴールド)ケース30本の限定と生産となっています。また、ノルマンディー上陸60周年を記念した「クロノファイターオーバーロード」 (オーバーロードはノルマンディー上陸の作戦名)はインダイアルに英国戦闘機スピッツファイアのシンボルマークである赤、青、黄色の3重円をあしらって おり、250本限定です。 そして2004年に、クロノファイターを上回るインパクトを持つ時計が、グラハムより発表されました。
  なんとこの時計は、左右のクロノグラフ積算計に 金属枠付の拡大レンズをつけたものでした。 この拡大レンズは風防ガラスより飛び出した形になっており、まるで魚の目のように見えることからメカジキを意味する「ソードフイッシュ」と名づけられています。 このデザインは、 2001年にアイルランド、ダブリンにあるアート&デザインナショナルセンターの若きデザイナー達を対象に国際デザインコンテストを行い、その時 優勝したフィリップ・ハミルトン氏のものを使用しています。 このソードフィッシュはクロノファイターとは違い、大型の操作レバーはありませんが、 リューズ、プッシュボタンの操作がし易いように配慮されており、右リューズのもの(左腕装着用)左リューズのもの(右腕装着用)の2パターンが用意 されています。
  また、イギリスの有名なレーシングサーキットであるシルバースト−ンの名前を冠したクロノグラフ「シルバーストーンGMT」 など、イギリスと関連の深いモデルを次々と発表しており、今やグラハムはイギリスを代表する時計ブランドの1つになりつつあります。

▲このページの上部へ移動


第21回  ウブロ ビックバン

 ウブロは1980年にバーゼルフェアで、ゴールドとラバーという従来では 考えられなかった組み合わせで衝撃的なデビューを飾って以来、そのイタリアン・モダンを象徴するような繊細で、昔の潜水ヘルメットを連想させるケースと ラバーストラップを組み合わせた「ウブロスタイル」と呼ばれるモデルを作り続けてきました。
  そして基本デザインは守りながら、ケース素材に、チタン、タンタル、ピンクゴールドなどの新素材を他社に先駆けて採用し、また文字盤にいん石(メテオライト)を使うなど、常に新しいことにチャレンジしてきました。 そのウブロが、2005年にCEOにジャン・クロード・ビバー氏が就任したのを機に、打ち出した新コンセプトが「フュージョン(融合)」であり、これが意味するものは、セラミック、ゴールド、ケブラーなど様々な素材の融合、そして伝統と未来の融合です。そしてこの「フュージョン」を時計の形に表したものが 「ビック・バン」 なのです。
  このシリーズはデザインが同じで素材違いが何種類も用意されています。ケースはセラミック、ピンクゴールド、また、2006年にはホイールメーカーとコラボレートしてマグネシウムケースを使用した「マグ・バン」を発表しています。この「マグ・バン」はムーブメント の地板、ブリッジ等にチタンを使用して、総重量65gという超軽量を実現して います。 ちなみにロレックス サブマリーナデイト(フル駒)で131gあり、その半分の重さということになります。また、「ビック・バン」はベゼルにSS、ピンクゴールド、ホワイトセラミック、ブラックセラミックが用意されており、それをH型ビスで本体に固定し、ウブロ独特の潜水ヘルメットを彷彿させる、リベット、ビス止めベゼルのデザインを 踏襲しています。また、プッシュボタンにはラバー、ケース側面には耐熱、耐衝撃性にすぐれたケブラー素材が使われており、ウブロの象徴であるラバーベルトが本体の間を通っているように見えます。ベルトはラバー以外に ピンクゴールドモデルのみピンクゴールドとセラミックの駒によるブレスが用意されているようです。 (他の素材のブレスは未確認)
  「ビック・バン」はその特異であると同時にウブロらしいシャープでエレガントでどこか懐かしいクラシカルなスタイルにより、デビューより1年足らずで世界中のセレブやコレクター、時計マニアを虜にしました。日本でも朝の番組で超有名司会者がしているようです。(ちらっとしか見えていないので真偽は未確認。)
  この「ビック・バン」に用いられているセラミックケースは、実は「京セラ」製です。このケースは他のブランド(例えばシャネルJ12、 韓国製)が曲線主体のもっこりとした形状に対して、非常に鋭角的なラインを持っています。これは、1回の焼結工程、研磨工程でできるものではなく、焼結後のカットや研磨に多くの手間と時間をかけている証拠です。また、ベゼルに使われているホワイト、ブラックのセラミックは実に鮮やかな カラーを持っていますが、この色味を一定に保つには、完璧な組成コントロール、品質管理が必要となり「京セラ」がいかに高い技術力を持っているかが判ります。
  こうした時計史に残るようなモデルに、日本の高い技術が使われている事は、嬉しい限りです。

HUBLOT GENEVE のホームページはこちらです。


第20回  IWC(インターナショナルウォッチカンパニー) ダ・ヴィンチ

 IWC(インターナショナルウォッチカンパニー)はアメリカの時計師、フローレンス・アリオスト・ジョーンズによってスイスのシャフハウゼンに 1868年に創設されました。 なぜ、アメリカの時計師がスイスに創設 したのか、というと、アメリカで当事主流になっていた機械自動化の技術とスイスの伝統的な手工業が中心のスイス時計産業に導入し、より効率的で 完成度の高い時計生産を目指したためでした。 しかし、熟練の職人技と 機械自動化技術の一体化を図るには時代が早すぎたようで、実際にスイスの時計メーカーとしての地位を確立したのは、20世紀半ばでした。
  そのころ、第二次世界大戦で軍用時計の需要が急増し、特にパイロット用の 航空時計はより高い耐久性と精度が求められ、IWCの時計は、アメリカ兵士 に愛用され、イギリス軍などに正式採用されたのです。 IWCの時計では、1930年代ポルトガル人のオーダーで作られた懐中時計と 同じ大きさを持つ腕時計「ポルトギーゼ」や、ムーブメントを軟鉄インナーで覆った超耐磁性能を誇る「インヂュニア」、機械式水深計を搭載した潜水時計「ディープワン」などが知られていますが、IWCの名を最も知らしめたのは1985年発表の、世界唯一400年調整不要の機械式永久カレンダーを持つ「ダ・ヴィンチ」です。一般的に機械式カレンダーはその機能によって分類されます。通常の機械式カレンダーは31日ある月と30日しかない月の区別が自動でできないので、1ヶ月に1度調整する必要があります。 これを月次カレンダーと呼びます。月表示のあるカレンダーであっても30日、31日の区別をして自動的に切り替えてくれなければ、月次カレンダーです。1年に1回、2月のみ調整が必要なものを年次カレンダーと呼びます。4年に1度訪れる閏年の時だけ1回のみ調整必要なものを4年カレンダーと呼びます。これに対して、閏年も自動調整するものを永久カレンダーと 呼びます。
  他メーカーでは、パテック・フィリップ、ユリス・ナルダン、ゼニス、ブライトリング等が機械式永久カレンダーを搭載した時計を出していますが、いずれも300万円以上するモデルばかりです。ここで、実は閏年は100年に1回訪れない年があります。西暦2000年がこれに当たり、厳密にいうと、現行の永久カレンダーは2100年には調整を しなければならないことになります。これを自動調整して、400年に1度の 閏年が復活する2499年まで調整不要の、永久カレンダーを搭載したのが、「ダ・ヴィンチ」であり、しかもそれをSSモデルでなら200万円以下という低価格で提供しているのです。確かにこれを機械式で実現してまうということは、技術的にはすごい事なのですが、永久カレンダー自体は、デジタルを使えばずっと安価で、本当の意味で永久になりますし、現実問題として400年もゼンマイや歯車等の部品どころか、最初の持ち主の寿命すら持ちません。また機械式である以上、3〜4年に1度の オーバーホールは必要になり、当然カレンダーも調整し直すため、あまり意味のないことかもしれません。(オーバーホールにかかる時間と費用を考えると恐ろしい気がしますが…)しかし、一見、無駄に見えることに最高の技術と情熱、多額の開発費をそそぎこんだ時計を所有することは、最高の贅沢かもしれません。


第19回  パテック・フィリップ カラトラバ タイプ96

 スイスには大小無数の時計メーカーが存在します。そのなかで3大ブランドと いえば、パテック・フィリップオーデマ・ピゲヴァシュロン・コンスタンタンです。いずれも創立からの歴史と伝統を護りながら、スイス時計産業の基礎を築いたブランドです。この中でも最高といわれるブランドがパテック・フィリップなのです。
  それは、パテックが唯一全ての機械式ムーブメントに 「ジュネーブシール」が付くことに由来します。ムーブメントにはその精度を認定するための公的機関が幾つか存在しますが、その代表格は「スイスクロノメーター協会」のものです。しかし「ジュネーブシール」はこの「スイスクロノメーター協会」より厳しいものとして特別扱いされています。それは、 「ジュネーブシール」が、12点にもおよぶ厳しいムーブメント製作上の技術基準から成り立っており、時計製作において最も栄誉があり、最高の公的認定とされているからです。
  このジュネーブシールは、かつて心無い時計メーカーがジュネーブ製時計の名声を利用し、ジュネーブ以外で製造した粗悪品をジュネーブ製と偽って販売したことへの対抗策として作られました。これはスイスのジュネーブ州において製造、組み立て、仕上げ、調整が行われたもののみに付けられ、特に部品の形状、仕上げに関して非常に細かな規定があるのが特徴です。
 そしてパテック・フィリップ創造した時計の中で究極のスタイリングを持つと言われているのが、カラトラバシリーズの中でタイプ96と呼ばれるものです。カラトラバの名前は、1158年ムーア人の侵略からスペインの町カラトラバを守った宗教騎士団に由来し、この騎士団のシンボルであるカラトラバ十字をパテック・フィリップのエンブレムとしました。カラトラバタイプ96は1932年に発売されましたが、当初カラトラバというカテゴリーは存在せずラウンドのケースにラグ(本体とベルトを繋ぐ部分)からリューズにかけて流れるような曲線美を「カラトラバライン」と呼んでいました。それが後にラウンドケース全般を代表するシリーズ名となりました。そのため歴代のカラトラバラインには、様々なタイプが存在しますが、時代の転換期には必ず、タイプ96のカラトラバラインを持った形に帰結しています。1982年に発売されたカラトラバ3796もその1つです。まさに普遍のデザイン、バランスに帰結した名品です。すこし小ぶりな32mmケースに、上すぎず、下すぎず、人の感性に最もフィットする絶妙の高さに配置されたスモールセコンド、 しっとりした光沢感のダイアル、シンプルでありながら、細部に至るまで計算され尽くした隙の無いデザインは、時代を経ても決して色褪せることのない「究極の美」を表現しています。現在、カラトラバ3796の生産は終了し、2004年のバーゼルフェアにおいて、その後継機であるカラトラバ5196が発表されて います。この5196は、3796と比較してケースサイズが一回り以上、37mmに大型化されており、「正統なる異端児」と呼ばれています。しかし、カラトラバのバランスは完全に保たれており、96系の持つ独特の雰囲気は確実に受け継がれています。

▲このページの上部へ移動


第18回  バルジュー(エタ)7750クロノグラフムーブメント

 ジャガールクルトレベルソの回で、マニファクチュールとはムーブメントおよび外装部品の製作から、組み立て、ケーシング、精度検査まで時計製造の全行程を一貫して自社内で行う会社であることは説明しました。時計王国スイスにおいてもマニファクチュールは数社に限られてしまいます。
  では、その他の多くのメーカーはどうしているのでしょうか? もっとも多いパターンは汎用ムーブメントをムーブメント製造会社より購入し、それを自社でデザイン、製造したケースに組み込むというやり方です。ファッション時計などは、デザインのみを行い、あとはすべて外注にしてしまう場合が多く、高級機械時計の場合は、汎用ムーブメントを改造して新たな機能を追加したり、仕上げを変えたりと、そのブランド独自の手を加えて使用しています。機械式クロノグラフともなると、構造が複雑になるため汎用ムーブメントの選択の幅も限られてしまいますが、世界の時計メーカーの8割以上が、そのまま使用するか、もしくは改造前のベースとして採用している機械式クロノグラフの汎用ムーブメントがあります。 これが、「バルジュー(エタ)Cal.7750」クロノグラフムーブメントなのです。
 このムーブメントは、かつての名門ムーブメントメーカー「バルジュー社」が1970年に開発しました。このムーブメントの長所は、毎時28,800振動の高精度、コストパフォーマンス、汎用性、信頼性に加えて、構造上、カスタムとメンテナンスが容易なことです。 ゼニスのエルプリメロのように突出したスペックはありませんが、ほとんど死角がなく、メーカーの様々な要求に応じられる柔軟性を持っています。
 この優れたムーブメントを開発した「バルジュー社」は19世紀後半にスイスの小さな工房として生れ、1901年にJ&Cレイモンド兄弟社というムーブメントメーカーになり、後に社名を所在地の「バルジュー社」としました。1926年にムーブメントメーカーの「エタ社」が中心となって持ち株会社エボーシュS.A.を設立し、「バルジュー社」「ヴィーナス社」「ユニタス社」など有名なムーブメントメーカー17社が参加し、パーツの共有化や量産体制の確立などをメーカー共同で進めました。「バルジュー社」はこのグループの一員として名作クロノグラフムーブメントを開発しました。そうした中で生れたのが、 「バルジュー(エタ)Cal.7750」です。
Cal.7750は縦3カウンター仕様のクロノグラフムーブメントで、最大の特徴は、メンテナンスのし易さと汎用性の高さです。メンテナンスのし易さは、クロノグラフの制御機構に従来のコラムホイール方式を、カム方式にしたことです。これにより、パーツの数が大幅に減り、構造が簡素化しました。動作の滑らかさこそコラムホイール方式に劣るもののコストや整備の面ではずっと有利になりました。また、汎用性に関しても、日付け、曜日表示を標準装備しており、自動巻方式を採用しています。しかも、日付け、曜日表示機構および自動巻機構はそれぞれモジュール化されているため、メンテナンスがやり易く、カスタマイズが簡単にでき、モジュールを各メーカーオリジナルのものにすることもできます。
  バルジュー(エタ)7750クロノグラフムーブメントをベースにしたクロノグラフを製作している主なメーカーとして、タグ・ホイヤー、ロンジン、エポス、ティソ、オリス、ボールウォッチ、モーリス・ラクロア、アイクポッド、アラン・シルベスタインなど、個性的な時計をリーズナブルな価格で出しているところが多いようです。「バルジュー社」はクォーツショックによる業界再編のなかで、1982年に「エタ社」に吸収合併され、バルジューの名は現在では消えてしまっています。Cal.7750の生産は「エタ社」が引き継ぎ、正式名称は「エタ7750」なのですが、ファンの多い「バルジュー」の名前は生き続け、「バルジュー7750」と呼ばれることも多くあります。また、その功績に敬意を表し、ティソのように、その時計自身に「Tロード・バルジュー」と「バルジュー」の名前を冠したモデルもあります。


第17回  オーデマ・ピゲロイヤルオーク 

 雲上ブランドの1つオーデマ・ピゲの手がけたスポーツ時計の代表作がこのロイヤルオークです。 この時計は1972年にバーゼルフェアで発表されましたが、この時計を始めて見た人々の驚きは大変なものでした。
 当時のスイスの超高級ブランドがつくる時計のデザインは、クラシックな伝統的なフォルムに貴金属のケースが常識でした。そのような時代に初めてのステンレススチール製のケースに、8角形のベゼルやそれを固定するネジを表に出す構造、さらに1つ1つの駒の大きさが異なるブレスレットなど多数の革新的アイデアが盛り込まれた独創的な、まさに常識を覆すモデルに多くの人が圧倒されてしまったのです。
 1972年当事、ロレックスでは、シードウェラー、エクスプローラーUなどが既に発売され、ステンレス製のスポーツ時計そのものは珍しいものではありませんでしたが、それらはあくまで実用時計であり、高級品とは見なされていませんでした。 それより2年前の1970年にオーデマ・ピゲは、販路拡大のため、新しいステンレス製の時計の開発に着手しました。それまでは少量の伝統的な超高級時計しか製造しておらず、全く未知の領域でしたが、どうせ作るのであれば、それまでにない独創的なコンセプトのスポーツ時計を作ろうということにないました。
 そこで世界のカリスマ的時計デザイナーのジェラルド・ジェンダ氏にデザインを依頼しました。ジェンダ氏は、このロイヤルオークの他に、パテックフィリップのノーチラス、カルティエのパシャのデザインを手がけたことは、あまりにも有名な話です。ジェンダ氏は、このロイヤルオークのデザインを1日で生み出したと言われています。 ロイヤルオークの最大の特徴とも言うべき8角形のベゼルは、1862年に建造された大英帝国の戦艦「ロイヤルオーク」号よりヒントを得ています。スポーツ時計には屈強であることが求められますが、 ジェンダ氏は、耐久性をなにより求められる軍艦の舷窓に使われていたその8角形のデザインに、インスピレーションを感じました。また、ベゼルとケースの接合もその舷窓に倣い、むき出しの8本のネジで行う方式をデザインしました。 ところが、このデザインに依頼した当のオーデマ・ピゲ側が驚いてしまったのです。今でこそ20世紀最高の時計デザインと賞賛されるロイヤルオークですが、8角形のベゼルはまだしも、8つのネジが丸見えになっているのは、伝統的な当時のスイス時計にとって完全なタブーだったのです。 しかし、そのデザインの斬新な発想は、独創的なスポーツ時計を求めていたオーデマ・ピゲ側に受け入れられました。この8本のネジはベゼルから裏蓋までを一貫して固定する新方式を取っており、スポーツ時計に求められる防塵性を高めるための裏蓋の無いワンピース構造となっています。 また、時計本体と一体化したブレスレットとさらにその駒を連続的に小さくして行くことで独自の装着感を生み出しています。
 そして2年の開発期間を費やして誕生したロイヤルオークですが誕生以来、30年以上たった現在でもこれを越える高級スポーツ時計がいまだに現れていないことが、いかにこのデザインが時計の基本的なコンセプトや構造と調和し完成度の高いものであったかを物語っています。
 現在、基本的なデザインを護りながら、様々なバリエーションが出ています。映画「ターミネーター」シリーズでアーノルド・シュワルツネッガーがロイヤルオークを使用し、限定のコラボレーションモデルも発売されています。

ロイヤルオーク ホームページはこちらです。


第16回  ブライトリングナビタイマー 

 1913年ライト兄弟が人類初の動力飛行に成功してから25年後、世界初の旅客機ダグラスDC―3が飛行に成功し、現代の民間航空事業が本格的にスタートしました。 しかしながら、当時は支援技術も未熟であり、現在よりもはるかに人間にも機体にも負荷が大きく、飛行すること自体が危険な行為でした。
 この当事、パイロット達は、アメリカ海軍ウィームス大佐が考案した、円盤型のフライト用計算尺を使用していました。これを膝の上に置き、クロノグラフと併用しながら飛行データを計算し、空を飛んでいたのです。
 航空機時計の専門メーカーであったブライトリングはこの回転式計算尺を腕時計そのものに組み込んでしまうという、今までの時計業界の常識ではありえない発想をしたのです。 これが1942年に登場した対数目盛付の回転尺を持つ「クロノマット」でした。それまでの腕時計は、単に時刻を標示するか、単純なクロノグラフしかなかったのです。 「クロノマット」の登場により、腕時計は「計算する」という新しい機能を獲得しました。その「クロノマット」より10年後、ブライトリングの技術の粋を集めた名作「ナビタイマー」が完成しました。 文字盤と回転尺に複数の目盛を持つことで、燃料消費量速度の計算、1分当りの飛行距離、平均上昇・下降速度、上昇・下降距離、掛け算、割り算などの、飛行に欠かすことのできない航空計算がすべて行えるという、超多機能を誇りました。 「ナビタイマー」とは航空を意味するナビゲーションと時間計測を意味するタイマーを組み合わせた造語です。
 この時計はまさしくその名の通り、パイロットのために誕生した時計でした。この「ナビタイマー」が誕生した1952年は、奇しくも世界初の民間ジェット旅客機が定期飛行を開始した年で、本格的なジェット機時代が到来したときでした。 「ナビタイマー」は多くのパイロットを魅了し、航空時計の代名詞となりました。もちろん現在の航空機は計器が全てデジタル化され、最新のものはGPSにより瞬時に現在位置や、速度などが判るようになっており、回転計算尺のでる幕はまったくありません。 それでも多くのパイロットが「ナビタイマー」を選ぶのはなぜなのでしょうか?
 実は、パイロット達は「予期せぬトラブルが発生した場合、最後に頼れるのは最も単純なアナログ」と考えているからです。最新鋭の旅客機では、何重にも安全装置が組み込まれていますが、複雑なシステムはちょっとしたことで、全てが動かなくなってしまう可能性があります。 もし電気的なトラブルで、全ての計器が作動しなくなってしまったら頼れる計器は「ナビタイマー」だけです。そして「ナビタイマー」は今ほど技術が進歩していなかった時から、航法時計としてりっぱに役目を果たし、信頼を得てきました。 そしてその信頼性ゆえ、世界的なパイロット協会AOPAの公認時計となっています。
 「ナビタイマー」はファーストモデル誕生以来常に進化を続け、60年代にはベゼルの刻みが大きくなって操作性が向上し、インダイアルの目盛も簡略化されて視認性に優れるデザインになりました。 85年にはムーブメントを一新して「オールドナビタイマー」が復活、95年には初代クロノマットを彷彿とさせる「モンブリラン」がラインナップに加わりました。 また、最近ではセミパーペチュアルカレンダーを搭載した「モンブリラン・オリンパス」やフライバック機構を備えた「コスモノート・フライバック」など、複雑技術とクラシックなデザインを融合させた新モデルが次々と発表されています。

ブライトリングジャパン ホームページはこちらです。

▲このページの上部へ移動


第15回  ジャガールクルトマスター コンプレッサーメモボックス 

 2002年のジュネーブサロンで高級ブランドの新作が発表されたなかでひときわ時計関係者の注目と評判を集めた時計がありました。 それがジャガールクルトの「マスターコンプレッサーメモボックス」だったのです。
 もともとジャガールクルトはマニュファクチュールとして卓越した技術を持つことで知られていましたが、この新作はそれを改めて見せつける革新的な機構が搭載されていたのです。 この時計は1950〜60年代にジャガールクルトが生産していた耐磁時計のジオフィジックとアラーム時計のメモボックスからインスピレーションを得て作られました。 しかし、単なる復刻ではなく完全な防水性を可能にする独自の圧縮システム「マスターコンプレッサー」を搭載したのです。通常、リューズの防水はねじ込み式によって実現していますが、その方式は必ずしも完璧ではありません。 ねじ部の金属の摩擦もあれば、リューズを引いた時に生じる隙間から塵や湿気が入り込む可能性もあります。そこでリューズの外側に圧縮キーを取り付け、リューズをロックする方法を取りました。 圧縮キーのロックを解除しても内側のガスケットにより、リューズと圧縮キーとの間で気密性が保たれるというしくみです。
このアイデアは95年にはすでに考案されていましたが、ジャガールクルトの時計の、どのラインナップにどのように活用するかが、課題でした。極めて信頼性の高いその画期的なシステムはボリューム感のあるスタイリッシュなデザインを持っていたため、どのモデルに組み合わせるかにより、全く印象が違ってしまいます。 そこで浮上したのが、60年代に生産されていたメモボックスダイバーズだったのです。
 メモボックスは機械式アラームを搭載していたため2つのリューズを持っていました。この2つのリューズにマスターコンプレッサーシステムを搭載し、新しいスポーツライン「マスターコンプレッサー コレクション」を立上げたのです。その第1弾がこのマスターコンプレッサーメモボックスでした。ケース径41.5mm、厚さ15.1mmの大型ケースの2時位置にアラーム時刻調整用の、4時位置に針およびカレンダー調整用のマスターコンプレッサーリューズを搭載し、10時位置にはインナーベゼル回転用の計3つのリューズを持つデザインは、これまでのジャガールクルトには無かったアバンギャルドな雰囲気を持ち、新しいスポーツラインのトップを飾るのに正にふさわしいモデルでした。 アラーム時刻は文字盤のアクセントにもなっている、8時から12時位置まで広がる扇形の小窓で表示しています。また、裏蓋には経度と緯度の入った地球が描かれているのは、1958年に北極点遠征を果たした探検隊員に送られたジャガールクルトの耐磁時計ジオフィジックに敬意を表したものです。
 このマスターコンプッレッサーという画期的な技術が、機械式アラーム時計に用いられたということで、世界的に機械式アラームを見直す動きが出てきました。機械式アラームは地味であるものの、極めて実用的な機能です。 また味気ない電子音ではなく、機械の風情ある音色を楽しんでみたいと考えている人も多いようです。アラーム時計のパイオニア「バルカン」も復活し、名作クリケットを復刻しています。 最近注目されているモーリスラクロアからも、3タイムゾーンに加え、機械式アラームを搭載したレベイユグローブが発売されています。ジャガールクルトは2003年に、ワールドタイマーを搭載したジオグラフィークにもマスターコンプッレッサーを搭載し、ラインナップを充実してきています。 今後、どんなモデルに搭載されるのか楽しみです。

ジャガールクルト時計 ホームページはこちらです。


第14回  カシオGショック5600 

カシオ Gショック 工業製品で世界のトップ集団をゆく日本でも、完全にオリジナルの商品は意外と少ないものです。 まして、世界のライフスタイルを変えるほどの影響力を持った商品は僅かです。その代表といえば、日清食品のカップヌードル、ソニーのウォークマンなどですが、時計の概念を根底から覆したカシオのGショックもその1つです。
 はじめてGショックが登場したのは1983年、20年以上前のことです。当事時計業界は、クォーツショックから立ち直りはじめ、高級な機械式時計が見直されて、次々と複雑な機構、繊細なデザインを持った新製品が発表されていました。 つまり、「時計=高級品」という時代に衝撃から守るためのラバーに覆われた無骨で大きく安価な時計は、その流れに逆らうものでした。また、今ならあたりまえの「落としても壊れない時計」というコンセプトも当時としては、誰も実現したことのない画期的なもので、「時計とは大切に扱うもの」というのが常識であった日本ではなかなか受け入れられず、売り上げは不振でした。
 しかし、アメリカでは、そのタフさから海軍特殊部隊が、また、新しいもの好きのミュージシャン達が愛用しました。さらに、Gショックをアイスホッケーのパック代りに使用して強靭さを実証するCMが大当たりし、瞬く間に全米で人気になりました。
 日本で知名度が高まったのは、1991年の湾岸戦争で、アメリカ陸軍兵がGショック5600系のモデルを付けていたことが判明してからです。そして、1994年の大ヒット映画「スピード」でキアヌ・リーブスがDW5600C1というモデルを付けていたことで、その人気は不動のものとなりました。 この5600系のモデルは、発売以来20年以上経っているにも
かかわらず殆どデザイン変更がされていないのは驚きです。なぜなら、デジタル時計は、普通の時計と違い、通常エレクトロニクス製品としてみられるからです。 エレクトロニクス製品は、テクノロジーの進化とともに、ニューモデルが発売され、デザインも次々変わって行きます。例えば、ソニーのウォークマンは、カセットテープから、CD、MDと、どんどん小型化して行き、現在はipodに代表される、デジタルメモリーに記録するものが主流になり、デザインも大きさもまったく変わってしまいました。
もちろん1990年代にGショックも多くのモデル、バリエーションが発売されました。今までの5600系の四角でシンプルな形のみならず、フロッグマンの左右非対称形や、マッドマンの分厚い丸型、また気圧計などを組み込んだ多機能タイプのライズマン、各種イベントやミュージシャンなどとの、コラボレーションモデルや限定モデルなど、数え切れない種類のGショックが発売され1大ブームを巻き起こし、多くの人がコレクションしたりしました。
 現在はブームも一段落し、現行モデル数もかなり絞り込まれましたが、この5600系はいまだに販売され、高い人気を誇っています。
それは、この5600系の形状が「壊れない」という機能を徹底的に追求して作られたからなのです。「形状は機能に寄り添う」というのはこのGショックを最初にデザインした「バウハウス」の理念ですが、これは、ある機能を追求してゆくと、おのずとその形状は少数(究極は1つ)に集約されてゆく、という意味です。 つまり5600系は工業デザインとして一つの理想型であったため20年以上も変わらずに、なおかつ多くの人に受け入れられているのです。
 また、デザインは変わらなくても、最新技術であるタフソーラー(太陽電池)やウエーブセプター(標準電波による時刻修正機能)を組み込んだモデルや、イルカ、クジラなどの限定バージョンも多数発売されています。
5600系は、まさにGショックのスタンダードであり、マスターピース(芸術品)となっているのです。

カシオ時計 G-shock ホームページはこちらです。


第13回  グランドセイコー 

セイコー 時計 皆さんに「今一番欲しい時計はなにか?」と尋ねれば、ロレックスのデイトナ、サブマリーナ、オメガのスピードマスター、シーマスターといった答えが多いでしょう。 色々な雑誌で、ランキングを発表していますが、トップ10のうち9つは海外ブランドで占められています。その中でベスト3には入らないものの常に1つだけ国産の時計がランクインしています。
 それが、日本が世界に誇る高級時計グランドセイコーなのです。このグランドセイコーこそ、セイコーの哲学そのものと言えるかもしれません。
 究極の精度とシンプルな美しさ、時計として当たり前のことを、全ての部分で徹底するという開発当初のポリシーは今も確実に受け継がれています。
 1960年、時計の原点を徹底的に突き詰め、究極的な精度を実現させることにより、セイコー独自の「高級」の概念を確立するという目的のもと、グランドセイコーは誕生しました。 クロノメーター規格さえも凌駕する独自の厳しい精度基準を設け、一点一点全てに歩度証明書という、検査の測定結果
全てを載せた証明書を発行しました。しかし1969年セイコーが自ら開発したクォーツ時計により、究極の精度の概念そのものが意味を持たなくなってしまい、1975年に「グランドクォーツ」と入れ替わりに機械式グランドセイコーは一時姿を消しました。 グランドセイコーの名前が復活したのは、1980年代後半に、クォーツ時計の精度が月差から年差へと飛躍的に発展したときです。
 この時は既存のクォーツムーブメントを搭載したため、トルク不足からグランドセイコー本来の太い針を使用することができず、多少線の細いデザインでした。 1990年代に入り、グランドセイコー専用の「F9系キャリバー」を開発し、グランドセイコーの伝統を継承するデザインが復活しました。
 そして機械式グランドセイコーが市場から姿を消して23年、1998年についに復活を果たしました。60年代当事の伝統技術と現在の最新技術を融合させて、スイスのクロノメーター協会基準を上回る新GS基準を設定しての登場でした。 この機械式グランドセイコーの機械式ムーブメント「9S系キャリバー」は各パーツの製造から組み立て、調整に至るまで、最高精度の追求という「哲学」に貫かれ、徹底されています。 機械式ムーブメントの精度を支えるのは、パーツの製造精度、その組み立ておよび調整技術です。
 パーツの製造からその仕上まで、徹底的に品質管理され、最高のもののみ使用されます。パーツで、特に繊細さを要求される地板は0.01mm以内の精度で加工されます。 それらのパーツを担当の職人が1つ1つ微調整しながら、組み立ててゆきます。アガキ(パーツ同士の隙間の誤差)は設計上0.05mmまで許されていますが、最高の職人は0.02〜3mmで組み立てします。
 人間の髪の毛の太さが0.08〜0.1mm程度ですから、いかにすごい精度でパーツが製作され、組み立てられているのか、実感できると思います。
 最終調整は、時計の調整技術を競う世界大会で優勝した技術者が、通常の10倍以上の時間をかけて行います。最も重要な精度を司るヒゲゼンマイの調整は、熟練の職人が30分以上かけて調節し、最終的には技術の最高責任者自らがチェックして完璧なバランスに仕上げます。 妥協を一切許さず、職人としてのこだわりが最高の精度を維持します。このヒゲゼンマイの調整には、なによりも長い経験をつんで磨かれた感覚が必要になります。 そのためセイコーではそうした職人の育成にも力をいれています。グランドセイコーの
高精度は、こうした技術者の経験に裏打ちされた熟練と技術の蓄積によって支えられているのです。
 その上で、17日間にもおよぶ検査を行い、その一点一点全てに歩度証明書という、検査の測定結果全てを載せた証明書を発行しています。それゆえ、グランドセイコーは月産350本という少量しか生産できないのです。
 しかし我々顧客にとっては、最高の技術で作られた時計が、厳格な審査をパスして、しかもその証明まで付いてくるのは嬉しい限りです。

セイコー時計 ホームページはこちらです。

▲このページの上部へ移動


第12回  モーリスラクロアマスターピース グローブシリーズ

 モーリスラクロアでは毎年新しい機械式時計が開発、発表されていますが、
2002年に、マスターピースのラインナップに新しいシリーズが加わりました。それが、グローブシリーズです。マスターピースとはモーリスラクロアにおける最高級時計のラインであり、厳格な規定が定められています。 その規定とは、

1.時計にはオールドムーブメントもしくはモーリスラクロア独自の付加機能を
加えた手巻もしくは自動巻きキャリバーを搭載する。

2.ムーブメントには、ロジウム仕上げ、コート・ド・ジュネーブなどの装飾を
施し、ブルースクリュー(熱処理で青くしたネジ)を使用する。

3.5ポジションの姿勢差による精度測定を、巻き上げ直後と24時間後に実施する。
巻上げ直後で日差は−7〜+10秒、24時間後で−10〜+20秒以内とする。

4.文字盤は925シルバーを素材とする。

5.革ベルトの場合の素材は、ルイジアナクロコダイル、SS素材の場合は、デュプロイメントバックル(観音開きで、金具のデザインがブレスと連続性のあるもの)を使用する。

6.サファイアガラスのネジ止め式裏蓋(裏スケルトン)を採用する。

7.ケース素材はSS,K18,もしくはそのコンビまたはプラチナとし、社内完全生産とする。

8.5気圧もしくは3気圧防水とする。

9.マスターピースの保証書および認定証明書を付属する。

など、細かく決められています。今までのマスターピースはどちらかというとアンティーク的なものや、オーソドックスなものが中心でしたが、このグローブシリーズはモーリスラクロアの哲学である「トゥモローズクラシック」を最も明確な形で表したものになっています。 このシリーズは国際社会で活躍するビジネスマンのため、3タイムゾーン(3つの時差を同時に表示)を持った2機種がリリースされましたが、各モデル別にプラスアルファの機能があります。
1つ目の「マスターピースレベイユグローブ」は機械式アラーム機能があります。ベースムーブメントにAS社のAS5008(73〜77年に製造されてデッドストックムーブメント。 現在生産中止、ラクロアは2万個保有している。ということは、このレベイユグローブは限定2万個!?)を使用し、通常の3針時刻表示の他、6時位置の扇小窓による第2時間表示、2時位置の小窓日付表示、アラーム時刻設定針を装備しています。 左上のリューズが通常時刻、第2時刻および日付け調整用、左下のリューズがアラーム時刻設定用および、
アラーム用ゼンマイの巻上げ、アラームON/OFFに使用します。
2つ目の「マスターピースクロノグローブ」はクロノグラフを持っています。ベースムーブメントに名作クロノムーブメント、バルジュー7750を使用し、3時位置にポインターデイト、6時位置に第2時間表示のインダイアル、9時位置インダイアルは秒表示、12時位置インダイアルは30分積算計になっています。
両モデルに共通する装備として9時位置のリューズで回転させる第3時刻表示用のインナーディスクがあります。これには誤動作防止のため、リューズを押し込みながらでないと回転しないロック機構が設けられています。 どちらも直径43mmというビッグサイズのケースになっていますが、ラグ(ベルトの取り付け部)が腕に沿うように大きく湾曲しており、抜群のフィット感を得られます。 最近トレンドの「デカ厚」の時計は日本人の腕にはなじみにくいと、よく言われますが、このグローブシリーズは、しっくりきます。
国際派ビジネスマンに絶対オススメの時計です。

当店の扱うモーリスラクロアはこちらです。


第11回  タグ・ホイヤー2000アクアグラフ 

 タグ・ホイヤー 時計 1982年タグ・ホイヤーはダイバーズウォッチ2000シリーズを発売しました。このシリーズはダイバーズウォッチとしての優れた基本性能とその洗練されたデザインで、絶大な人気を誇っていました。 そしてこの2000シリーズが誕生して20周年の節目に、タグ・ホイヤーの原点に立ち返ったモデルを作ろうということになりました。そして完成したのがこの「2000アクアグラフ」なのです。
 ダイビングウォッチとしての基本を徹底的に見直し、完璧な安全性を実現する最強のモデルというコンセプトで開発が始まりました。通常は外部協力者を含めても10人たらずで開発するところを、技術者、マーケティングなどの社内スタッフ10名以上、デザイナーサプライヤーなどの外部スタッフに加え、プロダイバーやインストラクター、海底探査のエキスパート、地質学者など総勢40名を超す人々が関わりました。
 まず、プロダイバーから徹底的にヒアリング調査を行い、ダイビングウォッチに求められる機能および今までのダイバーウォッチの問題点を洗い出しました。その結果、海中でも操作できるクロノグラフ機能、減圧時間を正確に確認できる視認性の高い60分積算計、数週間の海底船内活動を行う場合に必要な昼夜表示の24時間計、ねじ込みリューズの締め忘れを防ぐインジケーター、外部からの力でベゼルが不用意に動いてしまわないようにする自動ロック機能など、今まで考えが及ばなかった要求が出てきました。 これらは、機能性、操作性、安全性を極限まで追求してはじめて必要となったスペックだったのです。
 まず、海中でも操作できるクロノグラフ機能ですが、2000アクアグラフはプッシュボタンをラバーで完全に覆うことにより、ケースとの密着度を高め、水の浸入を防ぐことにより解決しました。 そしてそのまわりをさらに金属板でビス止めすることにより完璧な気密性を実現しています。
 これまで、クロノグラフ機能をもったダイバーウォッチはありましたが、海中でプッシュボタンを操作することは、水の浸入の恐れがあるため出来ませんでした。唯一可能だったのはブライトリングのクロノアベンジャーM1ですが、操作ボタンの動きを磁石で内部に伝える方式で、ボタンは内部に連結していない構造でした。 これはクォーツ仕様だから可能だったのであり、機械式で水中でのクロノグラフ動作を可能にした2000アクアグラフは画期的でした。
 視認性の高い60分積算計はセンターにクロノグラフ秒針と、60分積算針を持つ新開発の「キャリバー60」を搭載することにより実現しています。現行のクロノグラフムーブメントでセンターに60分積算針を持つ機種は非常に少なく、もっともポピュラーだった
レマニア5100は生産中止になってしまったため、このムーブメントを使っていた時計は生産中止になったり、60分積算針がインダイアルの位置に変更になったりしています。ねじ込みリューズの締め忘れ対策として、きちんと締まっていない時は赤いパッキンが見えるようになっており、ベゼルも正面から押し込んだ状態でないと回転しないようにロックバネが入れられました。 また、ケースサイドには
高深度の飽和潜水に対応するためのヘリウムガスエスケープバルブも装備されており、まさしくプロフェッショナルのための、最強のダイバーウォッチとなっています。

当店の扱うタグ・ホイヤーはこちらです。


第10回  ジャガールクルトレベルソ 

 皆さんはマニファクチュールという言葉をご存知でしょうか?これはムーブメントおよび外装部品の製作から、組み立て、ケーシング、精度検査まで時計製造の全行程を一貫して自社内で行う会社にのみ与えられる呼び名です。
 時計王国スイスにおいてもマニファクチュールは数社に限られてしまいますがその代表的なメーカーの1つがジャガールクルトです。
 ジャガールクルトは、1833年に小さな時計部品製造会社を前身として始まりました。創業者のアントワーヌ・ルクルトは、他のブランドのように時計職人ではなく、時計を作るための工作機械の設計を行うエンジニアでした。時計の製造工程の開発を続けるうちに、次第に主要な精密部品を製作するようになり、1890年には、ムーブメントそのものを製作するようになっていました。
 1903年に、長年協力関係にあった、エドモント・ジャガーと正式に事業提携を結び、社名をジャガールクルトに改名し、精密機械メーカーとともに、ムーブメント供給メーカーとして、その名が知られるようになりました。
 そして、1931年に「レベルソ」が誕生します。レベルソは当時、貴族達の間で盛んだったポロという競技(1チーム4人が馬に乗って、マレット呼ばれるスティックで一つのボールを相手ゴールに入れて、点数を競う競技。アイスホッケーなみの激しさがある)のために開発されたモデルです。
 レベルソの最大の特徴は、ポロの激しい運動中の衝撃からガラス面を守るため時計本体のケースそのものが180度反転して、内側に収まるというものです。この独創的なアイデアとともに、完成度の高いアール・デコのスタイルは、発表と同時に世界から高く評価され、ジャガー・ルクルトの代名詞とも言われるモデルとなりました。
 また、素材に世界で初めてステンレススチールを採用し、注目を浴びました。レベルソは1931年の発表以来、様々なバリエーション
を生み出し、改良を加えてはきましたが、基本的なデザインは継承されています。角型の反転ケースで完璧なアール・デコを表現し、その独創的なアイデアとともに完成された美しさは、発表以来70年以上たった今でも変わることはありません。 もとは男性用に開発されたレベルソですが、エレガントさとスポーティーさが調和したデザインは、この時計が生れた時代の女性像に通じるところがあり、それが現代にも共感を呼んで、特にヨーロッパの女性の間で人気が高まっています。
 レディースモデルのレベルソ・デュエットは活動的な昼の時間と優雅な夜の時間を、反転ケースを使い、みごとに表現しています。数多くあるレベルソのバリエーションの1つ1つが、持つ人に他の時計には無いもう1つの楽しみを与えてくれます。 反転して現れるゴールドもしくはステンレスのケース裏側に、オーダーメードで熟練した技術者の手で、イニシャルの刻印やエナメル細密画を描くことができます。また、裏面にも文字盤を設け、第二時刻を表示したり、クロノグラフを搭載するモデルもあります。
 1991年より限定発売されている「コンプリカシオン」シリーズは、ムーンフェイス、パワーリザーブ、トゥールビヨン、永久カレンダー、
ミニッツリピーターなどの複雑機構を組み込んだモデルになっています。このレベルソシリーズに搭載される角型ムーブメントは、現在に至るまで、世界で唯一、専用かつオリジナルにこだわり、開発されています。
 そしてジャガールクルトはマスターコントロールという厳しい検査を行ってその信頼性を高めています。この検査は、通常のクロノメーター規格よりも過酷な検査で、6姿勢における精度、パワーリザーブ、防水、耐磁、温度差、耐衝撃など様々なテストが1000時間(約6週間)にわたって行われます。この検査は、ムーブメント単体ではなく、出荷前の完成品で行われ、合格した製品には、技術者が、裏蓋の内側に「マスターコントロール1000HOURS」と自分の署名、合格日付の刻印がされます。
 ジャガールクルトの哲学は「本物」「独創」「普遍」「革新」です。単に技巧に走るのではなく、時代が何を求めているのか、時計としての真のあり方を考え、技術者の知恵と技によって創られた時計には、本物にしかない威厳が感じられます。
 独創的な反転ケースを持ち、1931年に登場してから今日まで普遍的なデザインを継承し、革新的な機能を付加したモデルを次々と
生み出すレベルソは、まさにジャガールクルトの精神そのものが形になったものなのです。

▲このページの上部へ移動


第9回  セイコー70系1000mプロフェッショナルダイバー 

 今まで優れたダイバー時計を幾つか紹介してきまいたが、皆海外ブランドでした。
 しかし、日本にも世界に誇れるダイバー時計があります。それが、このセイコープロフェッショナルダイバーなのです。しかも、飽和潜水を行うプロのダイバー達が実際に仕事に使用する時計で、最も多く選ばれているのが、セイコープロフェッショナルダイバーなのです。
 ロレックスシードウェラーやオメガシーマスターなどももちろん使われていますが、セイコーが選ばれる理由は「絶対的な信頼性」によるものです。それは、セイコーのプロフェッショナルダイバーが、地上と深海の環境差をあらゆる点から考慮し、その問題点を完全に解決するための機構、アイデア、技術が投入されていることにあります。他社では考えもしなかった細かなところまで対応がされているのです。
 1975年に本格的飽和潜水使用を実現した「61系600mダイバー」(自動巻き)が発表され、飽和潜水に耐えうるプロツールとして世界中から高い評価を受けました。
 1978年には世界初のクォーツ搭載ダイバー「75系600mダイバー」を発売しました。
 そして1986年、ついに世界初の1000m防水仕様の「70系1000mダイバー」が発売になりました。このダイバーは軽量で高蝕性、高耐久性を持つハイテクセラミックとチタンをケース素材に使用した、セイコーが世界に誇るハイスペックモデルです。
 飽和潜水を行う場合、深海で時計内にヘリウムガスが混入し、浮上時その内圧により時計の風防が破裂することは、シードウェラーの回で説明しました。シードウェラーはガスエスケープバルブを装備することで、この問題を解決しましたが、バルブは稼動部がありますので、万が一作動しない場合、風防が破損する危険があります。セイコーは気密性を飛躍的に高めることでヘリウムガスを侵入させないようにしました。
 まず、ケースを裏蓋の無いワンピース構造にし、素材に強靭なチタンを使用しました。そしてガラス側のパッキンに、新開発の特種ゴムを使用し、形状も従来のOリングからL字型として、圧縮リングで、縦横両方向から圧力をかけました。これにより従来の100倍もの高い気密性を得ることができ、他社では実現できなかったケース内へのヘリウムガスの侵入を阻止することに成功したのです。
 また、ダイバー時計では必要不可欠な回転ベゼルまわりにも多数の工夫が盛り込まれています。セイコープロフェッショナルダイバーの外観上の大きな特徴として、胴輪がありますが、これは時計の耐衝撃性、耐擦傷性、耐蝕性、安全性を極限まで高めるためです。 素材はステンレスでは役不足だったため1975年当事ではまだ注目されていなかったチタンを使用しています。そしてその内側で保護される回転ベゼルの操作性を上げるため一部に切り欠きを設けると共に、大型のネジ4本で脱着可能にすることで、メンテナンス性を上げています。
 また、回転ベゼルは合成ゴム製Oリングにより、テンションをかけ不用意にベゼルが回らないようにし、裏には正確に60分割された溝と特許取得の特種形状ばねにより、正確な位置決めと、万が一回転したとしても安全方向への回転を、確実にしています。
 さらにセイコーの気配りはベルトにも現れています。ダイバー時計の多くは金属ブレスを採用して、普段時とウエットスーツ着用時のためにワンタッチエクステンション(延長)機構を付けています。
 しかし飽和潜水時、海上ではフィットしていたベルトも、深海で圧力を受けるとウエットスーツが縮み、腕廻りに5〜6mmの隙間が出来てしまいます。 すると時計の位置がずれたり、最悪はずれてしまうことも考えられます。セイコーはこの問題を大きな伸縮性をもつ蛇腹構造の特殊ゴムベルトを使用することによって解決しています。
 また、文字盤インデックスおよび極太針に新開発の放射性物質を含まない長残光蓄光塗料ルミブライトを採用し、環境に配慮しつつ深海での視認性を確保しています。
 このように、あらゆる点に気をくばって作られたプロフェッショナルダイバーだからこそ、世界のプロダイバー達から高い評価を受けているのです。


第8回  ユリス・ナルダン天文時計3部作

 ユリス・ナルダン 時計 1969年、セイコーが時計史に残る革新的な時計を世界で初めて発売しました。
水晶発震式電子腕時計、すなわちクォーツ時計です。これにより腕時計の精度は飛躍的に向上しました。時計における最大の命題であった「高精度の追求」が一瞬にして変革されてしまったのです。
 電子技術で立ち後れていたスイス時計産業界は、大打撃を受けました。路線変更が可能な大手メーカーはともかく、手作りの魅力を売りにしていた老舗メーカーでも苦しい経営を迫られ、機械式時計部門を縮小せざるえませんでした。
 そして1983年にはカシオのGショックが、またスイスからはスウォッチがデビューを果たし、高精度、低価格でかつ魅力的なデザイン、多機能を持つクォーツ時計の前に、機械式時計は絶滅寸前まで追いつめられました。しかし、その危機を救ったのが、前回説明したのブライトリングと今回のユリス・ナルダンなのです。
 ユリス・ナルダンは当初中南米向けに懐中時計を輸出していましたが、1860年ころから各種複雑時計などをアメリカ向けに輸出しはじめ、1900年代に入ると航海用マリンクロノメーターを日本やロシアに輸出するようになりました。 万国博覧会や、様々なコンテストで賞を受けるようになり、特にポケットクロノメーターや航海用時計の分野でそのブランド名を知られるようになりました。
 しかしクォーツ時計の登場で、ユリス・ナルダンは工場を閉鎖状態にまで追い込まれてしまいました。航海用時計は高精度および、堅ろう製、取り扱い易さを求められます。 主力商品だった機械式航海用時計は、正確で振動にも強く、ネジを巻く必要も無いクォーツ時計に、駆逐されてしまったのです。
 これを救ったのが天才時計職人のルードヴィッヒ・エリクスン氏です。
1980年代に入り、世界に機械式時計を見直そうという風潮が高まり始めました。機械式時計を、単なる時間を知るための道具ではなく、文化、嗜好、技術を伝承するアイテムとして復活させようという動きがでてきたのです。クォーツ式ならチップ1枚ですんでしまうところを、機械部品の複雑極まりない構造と、卓越した加工、組み立て技術により構成される永久カレンダー、ミニッツリピーター、トゥールビヨンなどの複雑機構を組み込んだ機械式腕時計は、まさに芸術品と呼ぶにふさわしいものです。
 しかし、技術的には極めて難しく、こうした腕時計を設計、組み立てできるのはほんの一握りの時計師しかいませんでした。その1人であったエリクスン氏は、1985年にユリス・ナルダンのために素晴らしい天文時計を作り上げたのです。 実用精度を持つ天体表示は困難といわれていた天文時計において、エリクスン氏がユリス・ナルダンから発表した複雑天文時計アストロラビウム「ガリレオ・ガリレイ」は機構にしろ文字盤のデザインにしろ、そのあまりの超複雑ぶりに、スイス時計産業界の機械式時計を復興させる起爆剤となりました。 標準時、地方時、日食、月食、黄道十二宮、パーペチュアルカレンダーを搭載し、それを1つのリューズで調整できたのです。
 「ガリレオ・ガリレイ」に続いて、1988年にローカルタイム、月、黄道十二宮、ムーンフェイス、6惑星や月の正確な位置、パーペチュアルカレンダーをすべて文字盤上に配置し、太陽系の全貌を表現した、「プラネタリウム・コペルニクス」を発表し、さらに1993年、中心に北極上空からみた地球をあしらい、ムーンフェイスパーペチュアルカレンダー、24時間表示、日食、月食表示を搭載して、地球、太陽、月の相関関係を表現した、テリリウム「ヨハネス・ケプラー」が発表されて、天文3部作が完成しました。
 どれも見ているだけで楽しく、素晴らしい時計ですが、

「ガリレオ・ガリレイ」:K18YGケース        ¥7,800,000
「プラネタリウム・コペルニクス」:K18YGケース  ¥6,800,000
「ヨハネス・ケプラー」:Ptケース          ¥13,000,000

と、3つ揃えてコレクションするにはちょっと高価すぎますよね。


第7回  パネライラジオミール

 ここ数年で飛躍的に知名度を上げてきたイタリアブランドのパネライ。ダイバー時計に興味のある方なら1度は耳にしたことのあるブランドでしょう。
 また、最近の流行であるデカアツ(時計が大きくて分厚いこと)の火付け役ともなりました。最近まで知られていなかったパネライですが、実は新興ブランドではありません。 創立は1860年で、なんとロレックスより歴史が古いのです。
 では、なぜ知られなかったのでしょうか?
それには、イタリア海軍が大きく関わっていたのです。イタリアのフィレンツェで小さな時計屋として出発したパネライですが、後にイタリア海軍の精密機器納入業者として軍用時計の製作を始めました。
海軍では夜間、真っ暗な海の上での作戦行動があるため、暗闇での視認性が重要になってきます。(暗い海の上で、室内灯をつければ、遠くからでも敵に簡単に発見されてしまいます)
 1910年代、パネライは特殊蛍光体ラジオミールを開発し、まずコンパスや水深計などイタリア海軍の装備品にそれを使用して製造、納入しました。 1918年、第一次世界大戦中、イタリア海軍は、ラジオミールを用いた水中コンパスと深度計を用いた特殊ダイバー部隊によって敵の戦艦を撃沈することに成功しています。 その実績を買われて、第二次世界大戦で海軍潜水ミッション用のダイバー時計の製作を依頼されました。試行錯誤の末、真っ暗の海中でも非常に高い視認性を有する世界初のプロユース用の軍用ダイバー時計を1935年に生み出したのです。
 パネライは視認性を向上させるために、文字盤のインデックス部分をくり貫き、その下にもう1枚プレートを張り付け、窪みにラジオミールを満たす方法を考案しました。これで暗黒の海中でも抜群の発光力が得られ、しかも長時間にわたって威力が衰えない、画期的な視認性能が獲得できたのです。
 また、このとき使用されたムーブメントは、実はロレックスから提供を受けていました。パネライは、当事ロレックスのイタリア代理店を務めており、そうした関係から、ロレックスの協力が得られたのです。 ただし、ケースはロレックスのオイスターケースではなく、パネライ独自のものだったようです。
 第二次世界大戦中、イタリア海軍は地中海の制海権を確保するために、潜水攻撃隊グルッポ・ガンマを組織しました。特殊工作員は、2人1組となり、魚雷型の前半分が爆弾、後半分が推進装置という潜水艇にまたがり、水深10m〜15mを潜って、敵の船舶に近づき、船底に爆弾を仕掛けました。 この攻撃隊を一躍有名にしたのは、1941年のエジプトのアレキサンドリア港での戦艦、駆逐艦、タンカー等の主要艦船の一斉破壊工作でした。攻撃隊による作戦遂行には、ラジオミールウォッチが大きく貢献しました。そのあまりの戦果ぶりに、英国首相チャーチルに「イタリア軍があげた戦果と同等のものを得るには、何をするべきか、同じ戦法をとるにはどのような機器を用意すればよいのか、直ちに研究するべきだ」とまで言わしめた程でした。
 1936年に、新開発の非放射性蛍光物質ルミノールを使用した、ルミノールマリーナが開発されました。このモデルは、現行のパネライのトレードマークともなっているレバーでリューズを固定するリューズプロテクターが採用されています。 しかし、軍事機密扱いとなったことで、一般開放されることはなく、イタリア海軍以外には、一部の軍用に少量製作されたに過ぎませんでした。
 パネライ初の民間腕時計が登場したのは、1993年になってからでした。軍用防水時計という、これまで日の目を見ることの多くなかったパネライでしたが、1995年に俳優シルベスター・スタローンが映画に使用したことから注目を集め、1997年には、リシュモングループ(カルティエ、ピアジュ、ヴァシュロン・コンスタンタン、IWCなどが参加する高級時計グループ、SIHH=ジュネーブサロンを開催する)に参加して、本格的な開発、生産体制へと移行しました。
 いま最も注目されているブランドの1つに成長をとげています。

▲このページの上部へ移動


第6回  ゼニスエル・プリメロ(ムーブメント)
 時計王国スイスでも僅かに数社に限られるというマニュファクチュール(ムーブメントから自社一貫製造を行う時計メーカー)の1つがゼニスです。ゼニスは個々のモデルの名前よりも、クロノグラフ専用ムーブメント「エル・プリメロ」で非常に有名です。 このムーブメントは世界最高だと言われており、多くの有名時計メーカーが自社製品に採用しています。
 全てを自社生産にこだわるロレックスですら、1999年までロレックス社唯一のクロノグラフ、デイトナに搭載していました。(ただし、ロレックス社は「エル・プリメロ」を独自に改造して、振動数を28800回に落としていました。また、現在はロレックス社自社製のムーブメントに変更されています)
 では、「エル・プリメロ」とは何が最高なのでしょうか?
実は、「エル・プリメロ」は世界で唯一3万6千振動/時という振動数を持つクロノグラフ専用ムーブメントなのです。機械式時計のムーブメントは基本的にゼンマイを動力として、振り子の原理を使ったテンプとガンギ車によって針に繋がる歯車を一定の速度で回転させます。このテンプは毎時1万8千回〜3万6千回振動して、それを歯車で減速して、長針、短針、秒針にそれぞれ伝えます。
テンプの振動数は一定ですが、メーカーやムーブメントによりその数は異なります。振動数が高いほど精度の高いムーブメントです。  ロレックスの標準ムーブメントで 28800回、カルティエで21600回、そしてゼニスのみが唯一3万6千回を誇ります。この3万6千回振動というスペックはクロノグラフの開発に関わる技術者にとって、究極の目標でした。 精度の追求はもちろんですが、1/10秒まで計測可能という可能性があったからです。でも、実現には多くのハードルがありました。ハイビートゆえにメカの消耗に対する耐久性、それを長時間維持するためのパワーリザーブの問題、高度な部品加工精度、精密な組み立て技術、メンテナンスなど、いずれの問題も
完全に解決しなければ、完成は不可能でした。
 多くのメーカーがそうした問題をクリアできず開発を断念するなか、ゼニスは実に5年以上もの歳月をかけてこれらの難問をひとつひとつクリアしていきました。
 こうして完成した「エル・プリメロ」は誕生から30年経ったいまでも他の追従を許していません。「エル・プリメロ」はスペイン語で1番を意味します。
 しかし、「エル・プリメロ」にも苦難の時代がありました。1970年代、セイコーのクォーツ時計の発表により、クォーツ全盛時代を迎え、スイスの機械時計産業は大打撃を受けました。 ゼニスもアメリカ資本に買収され、「エル・プリメロ」を最後に本格的な機械式時計の開発、製造も断念せざるを得なかったのでした。
 1980年代になり再び機械式時計が見直されはじめゼニスが再びスイス資本に戻ると、「エル・プリメロ」の生産も再開しました。
「エル・プリメロ」は基本構造を除いていまも進化を続けています。クロノグラフの計測中にリセットボタンを押すとクロノグラフ秒針が瞬時に0に飛んで次の計測を開始する機能を持ったレインボーフライバック、フルカレンダーとムーンフェイスを備えた、クロノマスターなど、新しい機能を追加した「エル・プリメロ」が次々生み出されています。
 最新作は、「エル・プリメロ」の心臓部である高速振動するエスケープメント(ガンギ車、ヒゲゼンマイとアンクルその他の歯車をセットしたもの)が文字盤から覗くことができるグランド クロノマスターXXTオープンとトゥールビヨンを搭載した、グランドクロノマスターXXTトゥールビヨンです。

第5回  ロレックスシードウェラー
ロレックス 時計 サブマリーナで培ってきた機能をロレックス社の精神に則って、さらにスペックアップしたのがシードウェラーです。 シードウェラーはプロのダイバーが使用する潜水用時計として1972年に発表されました。
 この開発には、フランスの潜水専門会社コメックス社が大きく関わっています。地球上にあって、深海は宇宙以上に未知なる環境の世界です。
 深海での潜水作業は、飽和潜水という方法がとられます。人間が海に潜ると、周りの海水から圧力を受けます。10m潜るごとに1気圧増加します。通常1気圧内で生活している人間が急に何十気圧もの深海にいくと潰されてしまいますので、チャンバーという気密室に入って、時間を掛けてゆっくりと加圧してゆきます。 すると人間の体内に空気が溶け込んで人間の内圧を上げていきます。人間の内圧が作業する深海の圧力と同じになれば、その深度で長時間の活動が可能になります。 その際、通常の空気ですと空気中に含まれる窒素が人体に吸収されて「窒素酔い」と言われる状態になり、正常な判断ができなくなってしまいます。
 そこで、加圧する際、窒素の代りに、人体に無害なヘリウムを混合した空気を使用して、加圧を行います。この加圧をする際、当然ながらダイバー時計も一緒に加圧されますが、もともと何十気圧にも耐えられるように気密性を高めてありますので、人体の加圧、減圧のサイクルとはタイムラグを生じます。 そのため、ダイバーが深海での作業を終えて、減圧し終わっても、時計の内部はまだ圧力が高いままになってしまいます。時計は外側からの圧力には何十気圧でも耐えられるように設計されていますが、内側からの圧力には弱く、特に風防が割れたり、外れたりする事故が多発しました。これを回避するため、ロレックス社は、潜水専門会社コメックス社と協同でヘリウムガスを自動的に排出する機構の開発に乗り出しました。
 そして、試行錯誤を繰り返した結果、ついにガス・エスケープバルブの開発に成功して、サブマリーナに搭載しました。これは世界初の機構でした。その後さらに改良を重ねて、1972年に610mの防水性能をもつシードウェラーが完成します。
 その後も性能を高めて、1991年に1220mの防水を誇る現行モデルが発売されました。またシードウェラーでは、サブマリーナに搭載されていたサイクロプスレンズ(カレンダー拡大用)を深海での光の乱反射による読み取りにくさを考慮して廃止しています。 まさにプロダイバーのための時計と言えます。ロレックス社が開発にかける情熱とそのスピーディーさは、他社ではなかなか見られないものです。
 創業者のハンス・ウィスドルフはビジネスマンとして優れた才能を持った人物でした。製品作りに対する情熱はもちろんのこと、ネーミングセンスや広告タイアップを用いた販売戦略など、現代の広告代理店以上のバイテリティーをもっていたといわれています。 また、ロレックス社では、その行動が他社では考えられないほどスピーディーです。こうした精神や企業文化が画期的な機構を世界に先駆けて搭載でき、ロレックス社を売り上げ、知名度ともにダントツの企業にしたのでしょう。

第4回  ブライトリングクロノマット

 1969年に日本のセイコーが世界初のクォーツ時計を発表し、機械式時計を中心としていたスイス時計産業は大きな打撃をうけました。
俗に言う、クォーツショックです。すべての製品に対して高品質化、低価格化が求められていたその時代に、クォーツ時計より精度が劣り、高価であった機械式時計は衰退の一途を辿りました。
1980年代に入り、機械式時計を見直そうという動きがでてきました。時計という製品には、極めて高い嗜好性と文化性があったため、単に高精度と低価格だけでは、顧客を満足させることはできなかったのです。
そして、機械式時計の復活に挑んだブランドの1つがブライトリングでした。1979年、後継者難とクォーツショックによる経営難で危機に陥っていた、ブライトリングを引き継いだのが、アーネスト・シュナイダー氏でした。
シュナイダー氏には、機械式時計は他の精密機械とは違い、数百年の歴史があり人類の英知が築いてきた文化があるので、まだ10年の歴史しかないクォーツが機械式時計を完全に駆逐できるわけがない、という信念がありました。
また、非常に安価な時計が大量に出回ることにより、時計を大切に扱うというメンタリティーが低下していったことに、強い危機感を持っていました。
シュナイダー氏は、ブライトリングの時計はあくまでプロのパイロットのための計器である、という精神のもと、3つの事業の柱を構築しました。
1つは、ブライトリングの精神を最も受け継いだモデル、ナビタイマーを最新のスペックでしっかり継承すること、最先端のテクノロジーを駆使した、プロ仕様の実用モデルを開発すること、そして新生ブライトリングを象徴する全く新しい機械式クロノグラフを誕生させることでした。
その中で最大の課題は、新しい機械式クロノグラフを誕生させることでした。それは、過去のどのモデルにもない「現在」を象徴するデザインとクォーツ全盛の時代に逆行する、自動巻のクロノグラフでなければなりませんでした。 そしてなによりも、プロのパイロットのための計器であるという、ブランド哲学を具現化させるスペックを搭載している必要がありました。そして1982年に転機が訪れました。イタリア空軍がアクロバットチームである「フィレンチェ・トリコローリ」のためのオフィシャルクロノグラフを公募したのです。
ブライトリングは開発を進めていた新型クロノグラフを公式クロノグラフとして応募しようと考えました。他の時計メーカーは既存のクロノグラフで応募したところを、ブライトリングのみイタリアに行き、パイロット達と会って、具体的な要望を聞きました。 もともと要求されていたスペックは10Gの荷重に耐えられる屈強なクロノグラフという条件でしたが、実際パイロット達の話を聞いて、視認性や操作性、扱い方など、色々と再考慮すべき点が多数出てきました。
その結果、ある程度出来上がっていたデザインを全て白紙に戻して、最初からデザイン設計をやり直しました。その結果、完成した、プロのパイロットのニーズを集約した機械式クロノグラフこそが、クロノマットでした。
パイロット用としては始めての回転ベゼル搭載、ガラス保護と回転し易さ、および経過時間、残り時間のどちらにも対応可能にしたネジ留式ライダータブ、フライトジャケットを脱ぎ着するときに引っかかりにくいラグとリューズ、プッシュボタンなど細部にいたるまでパイロットのための配慮がなされていました。
クロノマットが「フィレンチェ・トリコローリ」のオフィシャルクロノグラフに決まったのは言うまでもありません。
1984年クロノマットはバーゼルフェアで発表されました。これはこの新しいクロノグラフが市場の評価を受けることを意味していました。
当事、市場はクォーツ一色の時代でしたので大きな賭けでしたが、販売を開始すると予想をはるかに越えた反響がありました。大量の注文が入り生産が追いつかない状態になりましたが、絶対に品質を落とすこと無く作り続けました。 それがブライトリングへの、大きな信頼につながりクロノマットは時計史に残る大ヒットを記録しました。そしてそれは低迷していた機械式時計復活への起爆剤ともなったのです。 そして2004年、クロノマット誕生20年を迎えて、全面改定したクロノマットレボリューションが発表されています。

▲このページの上部へ移動


第3回  ロレックスサブマリーナ
ロレックス 時計 いよいよ真打の登場!高級機械式時計といえば、誰もがまず思い浮かべるのが、このロレックスです。 なぜ、これほど有名なのでしょうか?
 これは一言でいえば、「宣伝戦略のうまさ」に尽きると思います。
 ロレックスの創業は1905年で、ブランパン(1735年)、ヴァシュロンコンスタンタン(1755年)、ブレゲ(1775年)、ジラール・ペルゴ(1791年)、パテック・フィリップ(1839年)などの他の名門に比べて100年近く後発となります。また、1904年にカルティエが本格的な実用腕時計のサントスを発表したことにより、各メーカーともぞくぞくと腕時計市場に参入を始めた時期でもありました。そんな中、ロレックス創設者のハンス・ウィルスドルフは、新規参入ゆえのメリットを生かすことで、老舗の時計メーカーとは異なる戦略を明確に打ち立てました。
 当事の老舗メーカーは腕時計に精度や装飾を追い求めていましたが、創設者のハンスは当初から、耐久性や防水性能を考えていました。今でこそ、これらは腕時計にとって当たり前のスペックですが、当時はほとんどのメーカーは考えも及ばなかったアイデアでした。当事、時計そのものが大変高価であり、顧客は貴族や会社社長等の富裕層に限られていました。 お互いが自分の腕時計を自慢しあうため、より高精度で素晴らしい装飾が施された芸術品のような時計の需要が高く、そのような腕時計を乱暴に扱ったり、水につけるなど、まったく考えられないことでした。
 そうした中でロレックスは完全防水を実現した耐久性の高いオイスターケースを発明し、1926年に特許を取得しています。このオイスターケースとは、無垢の金属塊からそのまま削りだして生成したケースにネジ込み式の裏蓋およびリューズを搭載したものを指します。 こうすることで、時計内部への水の侵入だけでなく、ほこりの侵入までも防ぐことができる極めて優れた構造を持つ時計ケースでした。しかしこの画期的なケースを用いて製品化された時計がすぐに顧客に受け入れられたわけではありませんでした。
 そこでロレックス社のとった作戦は、その防水性能を知らしめる広報活動にほかなりませんでした。
 1927年、イギリスの女性記者メルセデス・グライツ嬢がロレックス社製の腕時計を着けてドーバー海峡を泳いで渡った、という有名なエピソードがあります。
 このことはすぐさま、新聞で記事にとりあげられました。この記事によりロレックス社製の時計は水に強い、という印象を世間に強烈に与えました。
 また、この快挙をモチーフにして広告も作られ、オイスターケースが防水に優れているということが、知れ渡るようになりました。
 そして1953年、潜水艦の意味をもつサブマリーナの原型が完成します。完全な防水を実現したオイスターケースに包み込まれ、回転式ベゼルやネジ込み式リューズを搭載した本格的な潜水用スポーツモデルです。 50年代初頭はダイビングが一般的なマリンスポーツとして認知されつつある時代でした。
 このニーズを捉えて、ダイビングに造詣の深いスタッフらの手によってサブマリーナの開発がすすめられたといわれています。特に、現行まで続くダイアルデザインは視認性にこだわったロレックス社の姿勢や質の高さを感じさせ、実際にダイビングを体験した人間が開発に携わっていたことをうかがわせるものです。 そして1954年に世界最大の時計博覧会、バーゼルフェアで初代サブマリーナが発表されました。
 2004年には、サブマリーナ誕生50周年を記念してロレックス社のブランドイメージカラーであるグリーンをベゼルに使用したサブマリーナが期間限定で発売されています。

第2回  オメガ スピードマスター
オメガ スピードマスター スピードマスターは、月面へ行った唯一の時計として有名です。
アメリカでNASA(アメリカ航空宇宙局)が誕生したのが1958年で、スピードマスターが初めて世の中に登場したのは、その前年の1957年でした。
 当時、アメリカ、旧ソビエトでは宇宙の研究、開発にしのぎを削っており、NASAは、有人での地球軌道周回を目的としたマーキュリー計画および月面有人着陸を目的としたアポロ計画をスタートさせました。
 1961年にNASAは宇宙飛行士が使用する装備品の1つとしてスピードマスターを店頭購入して、密かに耐用試験を行いました。この翌年に、マーキュリー計画でスピードマスターが採用され、この時計は宇宙飛行士の腕に巻かれて地球軌道を回ることになりました。 このモデルはマイナーチェンジをしたセカンドモデルでした。
 1965年、アポロ計画の正式スタートとともに、月面活動に耐えうる時計を探すため、スピードマスターを含めた数社の時計がテストされました。
 宇宙空間は、宇宙船内より遥かに過酷な環境です。宇宙で想定される衝撃や温度変化といった過酷な環境、条件下での11項目にわたるテストを行い、その結果、スピードマスターだけが全ての試験をクリアしたのです。 のモデルは視認性をアップさせた3thモデルでした。また、同時期にリューズガードのみ変更された4thモデルも発表されています。
 こうして1966年、スピードマスターはNASAの公式時計として認定を受けて、1969年には人類初の月面着陸に成功したアポロ11号で、宇宙飛行士のアームストロング船長、オルドリン氏とともに月面到達しました。
 実際に月に行ったのは3thモデルか4thモデルなのかは定かではありませんが「月に行った最初の時計」という英文表記が裏蓋に入ったのは4thモデルからです。 また、この頃からプロフェッショナルの文字が、文字盤に入るようになりました。NASAに採用されたことにより、スピードマスターの売り上げは飛躍的に延び、そして1968年には、量産を意識した新ムーブメント搭載の5thモデルが発売されています。
 そして1970年、あの事故が起きました。映画にもなったアポロ13号の爆発事故です。これは宇宙開発史上最大の悲劇と奇跡と呼ばれました。
 爆発事故により司令船の機能はほとんど麻痺し、乗員は着陸船を救命ボートとして、危機をのりきりました。この時酸素を節約するため、ほとんどの機械とコンピュータを停止していたのですが、その最中に軌道変更をする必要がでてきました。 そして手動でエンジン噴射を正確に14秒間おこなわなければならなくなった時、唯一使用できた計測器が、このスピードマスターでした。
 もしスピードマスターが無かったら、また正確に作動しなかったら、乗員達は無事に帰還することができなかったでしょう。
 この事故がスピードマスターの存在意義をさらに高めました。
 この後、スピードマスターの様々なバリエーションと限定モデルが発売されています。オートマチックを搭載したモデルは1974年の発売です。(それまでのスピードマスターは全て手巻きでした。また、現行のスピードマスターでプロフェッショナルと付くものは全て手巻きです)さらにムーンフェイス付のモデルや、月、日、曜日のフルカレンダーを搭載したデイデイト、F1レーサーのミハエル・シューマッハとコラボレーションした、スピードマスターレーシング(赤、黄、青の3種類、F1のタイヤを型取ったケース付)、NASAの次世代機として開発されたクォーツ式+液晶表示のX33タイプ、流線形の滑らかなケース形状をしたドイツ国内のみ販売の地域限定モデルもあります。
 また月着陸25周年、30周年やシューマッハの優勝記念の限定モデル、アポロ計画の各号エンブレムをインダイアルに表示したミッションズ、木村拓也さんがドラマの中で着けた、オメガ社創立125周年記念のオートマチック125など、スピードマスターのバリエーションだけで博物館ができるほどの種類が販売されています。

第1回  カルティエ サントス

カルティエ サントス 時計 サントスが人の名前に由来して、しかも世界で初めて一般に販売された実用的な腕時計であることを皆さんはご存知でしたか?
カルティエの腕時計の歴史は、このサントスより始まりました。カルティエはもともと宝石商で、1850年ころパリに開業しました。
1853年ころにカルティエで時計を販売していた記録があるそうですが当事の主流は懐中時計であり、カルティエも他社の懐中時計を購入して、それに独自の装飾を施して販売していただけでした。
1900年ころ、3代目ルイ・カルティエは後にジャガー・ルクルトというブランドを創設するエドモント・ジャガーという優れた時計技師と出会います。 ちょうど時を同じくして、飛行機に情熱を燃やすブラジルの大富豪サントス・デュモンから、「飛行中に使いやすい時計が欲しい」という注文がありました。 そのころの男性用腕時計は軍用が主流でしかも懐中時計をむりやり腕に括り付けたような代物しかなかったのです。
ルイ・カルテヴィエのイメージを、エドモント・ジャガーが形にして1904年、ついに懐中時計とは一線を画する世界で初めての本格的な腕時計が誕生しました。 発注者の名前をとりサントスと命名されたこの時計は、1911年に一般に発売されました。
当事腕時計は、主に女性のための華奢なブレスレットウォッチというのが常識でした。しかしカルティエはその常識を破って、男性用の実用腕時計を発売したわけです。 名門カルティエが作るからには当然美しくなくてはならず、気高く、しかも大空の冒険家にふさわしいハードさを備え、また飛行機の操縦中に時間を読み取り易いように視認性も考慮してデザインされました。
角型ケース、ケースからベルト接合部分へ続く緩やかな曲線、飛行機のボディパーツをつなぐネジからヒントを得たというベゼルの8個のビスなど、強度や視認性を考慮して機能的であるとともに繊細な美しさを備えたこのサントスは、発売以来そのデザインをほとんど変えていません。
丸型のケースが主流だった100年前に、初めての腕時計にカルティエがなぜ角型のケースを選んだのかは謎ですが、それまでの無骨な男性用時計とは違うということを明確にするため、懐中時計を連想させる丸型をあえて外したのかもしれません。
誕生から100年たった今でもサントスのデザインに古さを感じることはなく、基本デザインを踏襲しながら多くのバリエーションが生れました。また、素材の種類も増え、耐衝撃性や防水性などの機能も進化しています。
1989年に発表されたサントスガルベは、より腕に沿い易いようにカーブしたケースと2列のビスを打ったブレスレットを特徴とするステンレスモデル、およびステンレスとK18のコンビモデルです。
また、パンテール、リュバンといった、明らかにサントスのデザインの流れを汲むシリーズも生み出されています。
このサントスは「普遍の美」という言葉がふさわしい唯一の時計です!

▲このページの上部へ移動


ホーム >伝説を持つ時計