シャネル買取案内

 

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シャネル バッグ、財布を中心に買取いたします。 ※店頭買取のみ

 

 

シャネルのトートバッグ、チェーンショルダーなどのバッグ財布
シャネル製品買取強化いたします。

 

是非当店へお持ち下さい。1点1点大切に査定いたします。査定料キャンセル料は一切無料です。お気軽にご相談下さい。

 

 

最新モデル、定番人気モデル以外も新品・中古問わず地域密着で高価買取り頑張ります!

 

 

 

■シャネルの歴史

 

 

ココ・シャネル(本名:ガブリエル・シャネル)は、貧しい露天商の父と体の弱い母の元で、1883年、2番目の娘として生まれました。生まれたのは、フランス中南部のオーヴェルニュ地方ソミュールにある救済病院です。ガブリエルが12歳になる1895年、母が病気で亡くなりました。父は、子育てには関心が持てず、自分の夢を追いかけ、女性と戯れることを選びました。仕方なく、孤児院や修道院で生活することを余儀なくされ、この環境下で、洋裁技術を身に付けました。20歳になると、住み込みでムーランの婦人子供洋品店で働くようになり、社会人として歩み始めます。1905年、歌手を目指し、キャバレーで歌っており、その美貌が話題となり人気者となりました。特に彼女が十八番にしていたのが、「トロカデロでココを見たのは誰」という曲で、彼女がその曲を歌うと、観客から「ココ!ココ!」というコールが起こるようになりました。この「ココ」こそが、後に彼女の永遠の愛称になる「ココ」の原点となりました。その後、歌手の道は諦め、この頃交際していた将校であるエチエンヌ・バルサンに伴われてパリ郊外へ移り、友人達の社交場となったバルサンの牧場で過ごします。退屈しのぎで制作していた帽子のデザインがそこで認められ、バルサンの援助により、1909年、パリのマルゼルブ大通り160番地で、帽子のアトリエを開業します。これがシャネル起業の始まりとされています。
アトリエを開業した翌年の1910年、パリのカンボン通り21番地に「シャネル・モード」という名で帽子専門店を開店。この時、バルサンと別れ、同じ輪の中にいた、一生涯愛する人物となるイギリス人青年実業家アーサー・カペルとの交際を始めました。
カンボン通りの店の開店資金はカペルの援助によるものでした。 ココが作る帽子は、当時の主流であった豪華な装飾が施されたものとは対照的に、シンプルなデザイン性の高い帽子で人気を得て事業は成功。自身の生き様やスタイルを打ち出す斬新なカリスマ性を武器に、帽子から洋服へと徐々にその規模を拡大させていきます。
1913年、リゾート地ドーヴィルに第1号のモードブティックを開店。さらに1915年、ビアリッツにオートクチュールを扱う「メゾン・ド・クチュール」を開店し、1916年コレクションを発表し、オートクチュールのデザイナーとして本格的にデビューしました。その際、シンプルで着心地の良いジャージー素材を取り入れた開放的なドレスが話題となり、コレクションで大成功を収めました。

 

 

■香水「No.5」の成功

1920年、この当時交際していたロシア人貴族のディミトリ大公から、1人のフランス人を紹介されます。エルネスト・ボーという調香師です。ココはエルネスと組んで香水を作ることにしました。エルネストが80種類以上の香りをブレンドした試作品を幾つも作り、ココがその中から1種類だけを選ぶのです。
最終的に「これにするわ」の一声で選んだのが、サンプル№5の試作品でした。こうして2人の共同作業で生み出された香水が「シャネル№5」です。
1921年に発売され、後に世界的なベストセラーになり、伝説の香水になりました。
ココは、香水の名前を敢えて「№5」にしました。香水の名前やボトルの形は、「余計なものは一切排除する」とういうココの哲学の現れと言えます。「シャネル№5」は大ヒットをし、勢いに乗ったココは1924年に、香水専門の会社「パルファン・シャネル」を設立しました。

 

 

■偉大な功績

 

 

これまで「黒」とは喪に服す色で、ファッションの色と認識されていませんでした。しかし、ココは1926年、喪服でしか使われてなかった黒い服を「リトル・ブラック・ドレス」として発表しました。このファッションは、過去にない全く新しいもので、世の多くの女性達に受け入れられ、大成功を収めました。 紳士用とされていたツイード素材を女性用のスーツ(後のシャネルスーツになる原型)に仕立て、発表するなど大きな話題となり、ココの革新的なファッションがパリジェンヌ達に浸透していく。ツイードを用いた製品は今なお、シャネルの定番として世界中の女性から支持されています。

 

 

■事業の拡大

 

 

1924年、アクセサリーを作り始めます。先ず模造宝石を使ったハイジュエリーラインを発表、さらに1934年にはアクセサリー部門のファクトリーを開設しました。またアメリカのアパレル会社とパターン契約を結ぶなど事業を拡大し、1939年には当時4000人を抱える大企業にまで成長していきました。

 

 

■引退からカムバック

 

 

1929年、世界恐慌が始まり世界経済は混乱を極めることになりました。その波はフランスにも押し寄せ、先行き不透明な経済に国民の怒りが爆発しました。労働者達は自分達の権利を守るために、次々にストライキを起こしました。それは、ブランド「シャネル」でも例外ではなく、1936年、シャネルでは大規模なストライキが敢行されました。
1939年には第二次世界大戦が勃発。かつてない大規模な世界大戦で、ココは、「今は女性達が洋服に構っている時代ではない」と言い残し、店を閉じ、ココ自身も引退することとなりました。さらに1944年、ココがナチス・ドイツによるフランス占領中を通じドイツ軍将校と愛人関係にあった為、連合国軍によるフランス解放とともにスイスへ逃亡せざるえなくなり、約15年もの長きに渡ってファッション業界から姿を消すことになる。ファッションの世界から完全に引退して15年経ったココは、1954年にコレクションを発表し、デザイナーとして復活しました。しかし、時代はもう彼女を求めてはいませんでした。しかし、決して諦めず戦い続け、1956年、スコットランド産のツイードをスーツに仕立てた「シャネル・スーツ」を大流行させました。時代の最先端を行くデザイナーに躍進し、再び栄光の頂点に辿り着いたのです。

 

 

■ココ・シャネルの最期

 

 

1971年1月10日、住居としていたパリのリッツホテルの部屋で静かに息を引き取りました。享年88歳。次回コレクションの準備の真っ只中にいました。死ぬまで仕事を続けていたのです。偉大なココ・シャネルは現在、スイス・ローザンヌにある墓地で永眠しています。ココ・シャネルの死後、カール・ラガーフェルドがデザイナーに就任。ココのスタイルを守りながら、時代の空気を取り入れた新しいシャネルを提案し、ブランドとしての再興を果たしました。

 

 

■日本上陸

 

1994年 - シャネルブティック本店(銀座並木通り)を開店
1996年 - 開店当時日本最大店舗として大阪・心斎橋店を開店
2001年 - 日本最大の売り場面積を誇る東京・表参道店を開店
2004年 - 銀座3丁目に銀座シャネルビル・旗艦店を開店

 

 

■主なモデルの特徴

 

 

 

マトラッセ

 

マトラッセ(matelasser)とは、詰めものをする・綿入れをするという意味を持つフランス語が由来したネーミング。
日本語では「ふくれ織り」をさした言葉です。当時、女性のバックはハンドバックのみでしたが、両手が自由に使えなおかつバックの置き忘れを防ぐ目的で考案され、シャネルの創業者ココ・シャネルにより1929年に発表されました。2種類の異なる素材を縫い合わせることで表現された、美しい凹凸が特徴的なマトラッセは、あらゆるスタイリングにマッチする定番的な存在。そして、マトラッセのなかでも最も注目度が高いデザインが、チェーンストラップがおしゃれなショルダータイプです。

 

 

カンボンライン

 

シャネルの創始者であるココ・シャネルが最初に帽子店を開いたカンボン通りから名付けられた「カンボンライン」。
主に白、黒のモノトーンやピンク、ベージュなどのモードカラーの革に、大胆にシャネルを象徴するCCマークを配置したデザインが特徴です。
敢えてシンプルにロゴ以外は排除されたそのデザインは力強い美しさを連想させます。

 

 

 

ニュートラベルライン

 

ニュートラベルラインは1999年のトラベルラインが原型になっています。トラベルラインはマトラッセ風に格子状にプリントされたバッグで色は黒のみでした。2001年には改良されニュートラベルラインとしてよりカジュアルに適したバッグとして誕生しました。
ニュートラベルラインは、シャネルの中でも比較的価格が安く、カラーバリエーションも豊富で、ナイロンジャガード素材で耐久性も高く、収納性の優れているため人気が高いモデルとなりました。名前の通り、旅行に優れたラインになっています。

 

 

 

コココクーン

 

コココクーンは、2009年の秋冬で発表された冬らしいモコッとしたフォルムが特徴的なラインです。
コクーンというのは「繭」を意味しています。キャビアスキンのものもありますが、基本はナイロン素材になっていて光沢感のある素材とキルティング加工によってとてもボリューム感のある印象となります。最大の特徴は、軽いこと。ハンドル部分にも中綿が入っており、バッグのボディの部分と同様にふわふわです。

 

 

 

ドーヴィル

 

ドーヴィルは、2012年に発表されたもので、特に人気なのが使いやすい大きめのトートバックでハンドルにチェーンがついたものです。ざっくりとしたキャンバス地になっていて、中央にあるシャネルのロゴとカンボン本店の住所はプリントではなく、ジャガード織りで織り込まれています。シンプルなデザインですが、キャンバスとレザーのコンビネーションがほどよい高級感を醸し出し、ハンドルのチェーンにはシャネルのチェーンの特徴である革が編み込まれています。
ドーヴィルという名前の由来は、フランスにある有名なリゾート地の地名にちなんでいます。ココ・シャネルがカンボン通りに「シャネル・モード」という帽子専門店をオープンした後、最初のモードブティックを立ち上げたのが、このドーヴィルという場所です。ゆかりの地が名前につけれています。

 

 

タイムレス クラシック(2.55)

 

1955年2月に発売されたシャネル初のチェーンバック「2.55」を原型としたラインで、時代や流行に左右されない普遍的な美というのがこのラインの特徴です。「2.55」という名前は、発売された年月をとっています。いったんは廃番になったものの復刻版として再発売され、以来、根強い人気を誇るシャネルを代表するシリーズです。

 

 

 

ボーイシャネル

 

2011年に登場した「ボーイシャネル」シリーズは、これまでのフェミニンなシャネルから一変、シャープな印象のデザインが印象的なシリーズです。

 

 

 

■シャネルの素材

 

 

◆キャビアスキン

牛革に細かな凹凸を型押しした様子がキャビアに見えることからこの名がつきました。傷や汚れが目立ちにくく、丈夫な素材としても重宝されています。

 

 

◆ラムスキン

シャネルを代表するレザーといえばラムスキンです。きめ細かく柔らかな質感でとても肌触りが良く、羊革の中でも特に高級な素材です。

 

 

◆カーフスキン

牛革の中でも最高級とされるカーフスキンは、ラグジュアリーブランドで多く使われます。柔らかく極上の肌触りで、丁寧に使えば使うほど味の出るレザーです。

 

 

 

■高価買取ポイント!

 

 

その1:

付属品も忘れずに!

購入時の付属品を一緒にお持ち下さい。プラス査定に繋がる場合もございます。ボックス・保証書・鑑別書等、是非揃えてお持ち下さい。
シャネルのボックスを揃えておくことをお勧めいたします。

   
その2:

お持ち込み前に簡単なお掃除を忘れずに!

素材や汚れの程度にもよりますが、柔らかい布などで軽く拭くだけで落ちる汚れもあります。少し綺麗にしてお持ちいただくだけで、査定時の第一印象も良くなりますので、査定額UPにも繋がりやすくなります。

   
その3:

思い立った時が売り時です!(流行も相場も日々変動しています)

保存状態が良ければ高額査定の付く商品も中にはありますが、それは一部の希少価値の高い商品に限られます。多くの商品は時間が経過するにつれて人気がなくなり相場が下がっていきますので、使わなくなったものはできだけ早く売るようにしましょう。

 

 

 

■シャネル買取実績

 

 

バッグ、財布の買取相場となります。ご参考下さいませ。 ※2017年7月現在

 

 

シャネル
 
シャネル
 
シャネル
 
シャネル
ジップ ウォレット
A50097
ブラック/ボルドー/ゴールド金具
 
ニツ折長財布
A50096
ラベンターピンク/ゴールド金具
 
トリプルフォン
ショルダーバック
A92304 レッド
 
復刻トートバック
ブラック/ゴールド
金具
シャネル
 
シャネル
 
シャネル
 
シャネル
程度:S ¥8万円~
 
程度:S ¥7.8万円~
 
程度:S ¥7万円~
 
程度:A ¥9万円~
シャネル
 
シャネル
     
てんとう虫
Wチェーンショルダー
A49455 ブラック/シルバー金具
 
ワイルドステッチ
ハンドバック
ブラック/シルバー金具
       
シャネル
 
シャネル
       
程度:S ¥30万円~
 
程度:A ¥6万円~
       

 

 

店頭にてシャネルの買取を致します。

■地元兵庫を含む、各地域ブランド品の購入、質預り、買取、金・プラチナの買取、査定でご来店いただいています。

 

【兵庫県】

伊丹市、川西市、宝塚市、尼崎市、西宮市、芦屋市、猪名川町、神戸市、三田市、三木市、篠山市など

【大阪府】

 

箕面市、豊中市、池田市、吹田市、能勢町など 阪神エリアを中心に
多数ご来店・ご利用いただいています。

 


 

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