第6回  ゼニスエル・プリメロ(ムーブメント)

時計王国スイスでも僅かに数社に限られるというマニュファクチュール(ムーブメントから自社一貫製造を行う時計メーカー)の1つがゼニスです。ゼニスは個々のモデルの名前よりも、クロノグラフ専用ムーブメント「エル・プリメロ」で非常に有名です。このムーブメントは世界最高だと言われており、多くの有名時計メーカーが自社製品に採用しています。
全てを自社生産にこだわるロレックスですら、1999年までロレックス社唯一のクロノグラフ、デイトナに搭載していました。(ただし、ロレックス社は「エル・プリメロ」を独自に改造して、振動数を28800回に落としていました。また、現在はロレックス社自社製のムーブメントに変更されています)
では、「エル・プリメロ」とは何が最高なのでしょうか?
実は、「エル・プリメロ」は世界で唯一3万6千振動/時という振動数を持つクロノグラフ専用ムーブメントなのです。機械式時計のムーブメントは基本的にゼンマイを動力として、振り子の原理を使ったテンプとガンギ車によって針に繋がる歯車を一定の速度で回転させます。このテンプは毎時1万8千回~3万6千回振動して、それを歯車で減速して、長針、短針、秒針にそれぞれ伝えます。
テンプの振動数は一定ですが、メーカーやムーブメントによりその数は異なります。振動数が高いほど精度の高いムーブメントです。  ロレックスの標準ムーブメントで 28800回、カルティエで21600回、そしてゼニスのみが唯一3万6千回を誇ります。この3万6千回振動というスペックはクロノグラフの開発に関わる技術者にとって、究極の目標でした。精度の追求はもちろんですが、1/10秒まで計測可能という可能性があったからです。でも、実現には多くのハードルがありました。ハイビートゆえにメカの消耗に対する耐久性、それを長時間維持するためのパワーリザーブの問題、高度な部品加工精度、精密な組み立て技術、メンテナンスなど、いずれの問題も
完全に解決しなければ、完成は不可能でした。
多くのメーカーがそうした問題をクリアできず開発を断念するなか、ゼニスは実に5年以上もの歳月をかけてこれらの難問をひとつひとつクリアしていきました。
こうして完成した「エル・プリメロ」は誕生から30年経ったいまでも他の追従を許していません。「エル・プリメロ」はスペイン語で1番を意味します。
しかし、「エル・プリメロ」にも苦難の時代がありました。1970年代、セイコーのクォーツ時計の発表により、クォーツ全盛時代を迎え、スイスの機械時計産業は大打撃を受けました。ゼニスもアメリカ資本に買収され、「エル・プリメロ」を最後に本格的な機械式時計の開発、製造も断念せざるを得なかったのでした。
1980年代になり再び機械式時計が見直されはじめゼニスが再びスイス資本に戻ると、「エル・プリメロ」の生産も再開しました。
「エル・プリメロ」は基本構造を除いていまも進化を続けています。クロノグラフの計測中にリセットボタンを押すとクロノグラフ秒針が瞬時に0に飛んで次の計測を開始する機能を持ったレインボーフライバック、フルカレンダーとムーンフェイスを備えた、クロノマスターなど、新しい機能を追加した「エル・プリメロ」が次々生み出されています。
最新作は、「エル・プリメロ」の心臓部である高速振動するエスケープメント(ガンギ車、ヒゲゼンマイとアンクルその他の歯車をセットしたもの)が文字盤から覗くことができるグランドクロノマスターXXTオープンとトゥールビヨンを搭載した、グランドクロノマスターXXTトゥールビヨンです。