第15回  ジャガールクルトマスターコンプレッサーメモボックス

2002年のジュネーブサロンで高級ブランドの新作が発表されたなかでひときわ時計関係者の注目と評判を集めた時計がありました。それがジャガールクルトの「マスターコンプレッサーメモボックス」だったのです。
もともとジャガールクルトはマニュファクチュールとして卓越した技術を持つことで知られていましたが、この新作はそれを改めて見せつける革新的な機構が搭載されていたのです。この時計は1950~60年代にジャガールクルトが生産していた耐磁時計のジオフィジックとアラーム時計のメモボックスからインスピレーションを得て作られました。しかし、単なる復刻ではなく完全な防水性を可能にする独自の圧縮システム「マスターコンプレッサー」を搭載したのです。通常、リューズの防水はねじ込み式によって実現していますが、その方式は必ずしも完璧ではありません。ねじ部の金属の摩擦もあれば、リューズを引いた時に生じる隙間から塵や湿気が入り込む可能性もあります。そこでリューズの外側に圧縮キーを取り付け、リューズをロックする方法を取りました。圧縮キーのロックを解除しても内側のガスケットにより、リューズと圧縮キーとの間で気密性が保たれるというしくみです。
このアイデアは95年にはすでに考案されていましたが、ジャガールクルトの時計の、どのラインナップにどのように活用するかが、課題でした。極めて信頼性の高いその画期的なシステムはボリューム感のあるスタイリッシュなデザインを持っていたため、どのモデルに組み合わせるかにより、全く印象が違ってしまいます。そこで浮上したのが、60年代に生産されていたメモボックスダイバーズだったのです。
メモボックスは機械式アラームを搭載していたため2つのリューズを持っていました。この2つのリューズにマスターコンプレッサーシステムを搭載し、新しいスポーツライン「マスターコンプレッサーコレクション」を立上げたのです。その第1弾がこのマスターコンプレッサーメモボックスでした。ケース径41.5mm、厚さ15.1mmの大型ケースの2時位置にアラーム時刻調整用の、4時位置に針およびカレンダー調整用のマスターコンプレッサーリューズを搭載し、10時位置にはインナーベゼル回転用の計3つのリューズを持つデザインは、これまでのジャガールクルトには無かったアバンギャルドな雰囲気を持ち、新しいスポーツラインのトップを飾るのに正にふさわしいモデルでした。アラーム時刻は文字盤のアクセントにもなっている、8時から12時位置まで広がる扇形の小窓で表示しています。また、裏蓋には経度と緯度の入った地球が描かれているのは、1958年に北極点遠征を果たした探検隊員に送られたジャガールクルトの耐磁時計ジオフィジックに敬意を表したものです。
このマスターコンプッレッサーという画期的な技術が、機械式アラーム時計に用いられたということで、世界的に機械式アラームを見直す動きが出てきました。機械式アラームは地味であるものの、極めて実用的な機能です。また味気ない電子音ではなく、機械の風情ある音色を楽しんでみたいと考えている人も多いようです。アラーム時計のパイオニア「バルカン」も復活し、名作クリケットを復刻しています。最近注目されているモーリスラクロアからも、3タイムゾーンに加え、機械式アラームを搭載したレベイユグローブが発売されています。ジャガールクルトは2003年に、ワールドタイマーを搭載したジオグラフィークにもマスターコンプッレッサーを搭載し、ラインナップを充実してきています。今後、どんなモデルに搭載されるのか楽しみです。