第35回 ハミルトンベンチュラ

一目みたら忘れられない時計というのは何本かありますが、このハミルトンのベンチュラはその代表格でしょう。時計のケースは丸型や長方形などが一般的で、その他に樽型(トノー)、クッション、8角形などの特殊形状もありますが、どれも基本的に左右対称の形をしています。 しかしこのベンチュラは三角形を横に使うという、常識とかけはなれた左右非対称のケース形状でした。現代であればそれほど奇抜には思われないかもしれませんが、この時計はなんと1957年につまり半世紀も前に発表されているのです。また、この時計は世界初の電池式エレクトリック時計(制御方法は今のクォーツ式とは異なる)でもあり、時計史上の大革命となったのです。この左右非対称の独創的なフォルムは、アメリカインダストリアルデザインの鬼才と呼ばれた、リチャード・アービブによるもので彼が同時期に手がけた59年型キャディラックのフィン型テールランプにデザインモチーフが似ています。1900年代、腕時計部門に進出したハミルトンはヨーロッパ時計ブランドの追従ではなく、まったく新しいスタイルを目指し、アメリカそのものを時計で表現する道を選びました。伝統という約束事に縛られないアメリカの風土はハミルトンに限りない自由を与えました。1930~40年にかけて発表された、ダットソン、ボルトン、ベネトン などのモデルは当時建築からファッションまで大流行したアールデコデザインを大胆に取り入れています。そして1950年代のアメリカ、後に「フィフティーズ」回顧される、アメリカンドリームが最も身近にあった時代にベンチュラが発表されます。そしてベンチュラは「フィフティーズ」を謳歌するヤンキー達に驚きと憧れをもって迎え入れられました。
さらにベンチュラを有名にする出来事が1961年に起こります。映画「ブルーハワイ」の中で、エルビス・プレスリーが着用したのです。今でこそTVドラマや映画は商品PRの恰好の場所として使われていますが、当時はそのような発想は無く映画監督が純粋にプレスリーにふさわしい時計としてこのベンチュラを小道具として選んだのですが、プレスリーはベンチュラを大変気に入り撮影終了後も自ら購入して永く愛用していた話はあまりにも有名です。また映画「メン・イン・ブラックⅠ」の中で、ウイル・スミス とトミー・リー・ジョーンズが エイリアンハンターの標準装備の1つとして着用したときは、映画公開後、ベンチュラ売り切れの時計店が続出しました。余談ですが、「メン・イン・ブラックⅡ」ではやはりハミルトンのデジタル時計パルサー(復刻版)が使用されました。このほかにも「2001年宇宙の旅」で未来の宇宙飛行士がする、映画専用にデザインされた時計X01が、2006年に限定2001本で発売されています。ほかにも、チャーリーズエンジェル、オーシャンズ11、スパイダーマン2など、多くのハリウッド映画に、ハミルトンの時計が採用されています。そして、ベンチュラはアメリカ産業の金字塔として、そのマスターピースがスミソニアン博物館に展示されています。現在は、クロノグラフ搭載のものや文字盤にダイアの入ったもの、ブレスタイプなど、ラインナップも充実しています。また、2007年にベンチュラ50周年を記念して、初めて自動巻きモデルが限定1957本で発売されます。