第30回 時の記念日と時計の歴史

6月10日は時の記念日です。この日は、天智天皇10年の4月25日に 「漏刻」(ろうこく)と呼ばれる水時計が設置され、日本に始めて、宮中に時刻が 告知されるようになったことを記念したものです。なぜ、4月25日なのに、6月10日になったのかという疑問が湧くと思いますが、実は旧暦である天智天皇10年の4月25日を現在の太陽暦に直すと671年6月10日に なるのです。
しかし、日本書記によると、「漏刻」はそれより前の斉明天皇6年5月に既に設置されていたようですが、日付けがはっきりしないため明確な記録の残っている天智天皇10年の日付けを採用しています。では、時計が人々の生活のなかで使われるようになったのはいったいいつからなのでしょうか?
人類が時間を知る為の装置を発明したのは、紀元前3000~4000年ごろのエジプトであると言われています。 はじめは太陽の1日の動きによって影の大きさ、方向が変わることによって時刻を知る事のできる 日時計でした。紀元前3000年ごろになると、1日のおおまかな時刻を知る為の日時計の他に短時間の時間経過を知るための砂時計が発明されました。 砂を小さな穴から落とすことで、時間を計るしくみですが、砂を落とす穴の大きさや落とす量を厳密に調整しなければ、異なる時間を 計測することができず、儀式など特定の決まった時間の長さを測る為に使われた ようです。紀元前2000年ごろになると、水時計が発明されました。 原理的には砂時計と同じですが、より長い時間の計測が可能になり途中経過も 砂時計より正確に知ることができました。しかし砂にしろ水にしろ、時計を 作動させてから、どの位時間が経ったのかを知ることしかできず、今が何時 何分なのかという正確な時刻を知ることはできませんでした。
機械式の時計が発明されたのは、13世紀のイタリアにおいてで、教会の修行僧が決まった時間に同時に祈りを行うためです。 ひもで吊るした重りを一定の間隔で落とすことにより正確な時間が判るようになっていましたが、大掛かりな機械でした。さらに、振り子の発明により時計は室内に置ける大きさまで小型化されましたが、動力を重力に頼っていたため、持ち運びは出来ませんでした。 1480年にドイツのペーター・ヘンラインがゼンマイを発明し、世界で始めて携帯できる時計を作りました。その時計は、文字盤の大きさが50mm位で上を向き、卵のような形だったためヘンラインの住んでいた街の名前をとり、「ニュルンベルグの卵」と呼ばれました。 そして、1675年に「時計学の父」ホイヘンスが、円テンプとゼンマイを組み合わせた時計を発明し、これにより時計の小型化が一気に進み、現在の懐中時計の原型が出来上がりました。
この後、トゥールヴィヨン、ミニッツ リピーター、スプリットセコンクロノグラフ等の超複雑機構が発明され、時計の小型化、複雑化が進みました。 特に、アラン・ルイ・ブレゲは、上記複雑機構以外にも、自動巻き機構や、ブレゲひげゼンマイなど、今では普通の時計にも 当たり前のように使われている技術を発明し時計産業の発展に大きく貢献した人物として有名です。ブレゲの技術の集大成は、1802年に完成した超複雑懐中時計「マリー・アントワネット」として現在に語り継がれています。19世紀後半になると、戦争による需要のため装飾品、宝飾品であった時計は丈夫で、正確、時間を見やすい実用性が求められるようになりました。 この需要を見抜き、いち早く質実剛健な実用時計を開発したのが、ロレックス創始者のハンス・ウィルスドルフでした。 今のロレックスの繁栄はひとえに、 ハンスの先見の目によるものです。1969年にはセイコーがクォーツ時計を 開発し、また1972年にハミルトンがデジタル時計を作るなど、時計技術も大きく進歩、変化してきました。
ソーラーや自家発電時計、電波時計など、新しい技術が次々と出てくる中、昔ながらの機械式時計も新素材を使うなど、日々進歩しています。今後どのように時計が変わっていくのか楽しみです。