第8回  ユリス・ナルダン天文時計3部作

1969年、セイコーが時計史に残る革新的な時計を世界で初めて発売しました。
水晶発震式電子腕時計、すなわちクォーツ時計です。これにより腕時計の精度は飛躍的に向上しました。時計における最大の命題であった「高精度の追求」が一瞬にして変革されてしまったのです。
電子技術で立ち後れていたスイス時計産業界は、大打撃を受けました。路線変更が可能な大手メーカーはともかく、手作りの魅力を売りにしていた老舗メーカーでも苦しい経営を迫られ、機械式時計部門を縮小せざるえませんでした。
そして1983年にはカシオのGショックが、またスイスからはスウォッチがデビューを果たし、高精度、低価格でかつ魅力的なデザイン、多機能を持つクォーツ時計の前に、機械式時計は絶滅寸前まで追いつめられました。しかし、その危機を救ったのが、前回説明したのブライトリングと今回のユリス・ナルダンなのです。
ユリス・ナルダンは当初中南米向けに懐中時計を輸出していましたが、1860年ころから各種複雑時計などをアメリカ向けに輸出しはじめ、1900年代に入ると航海用マリンクロノメーターを日本やロシアに輸出するようになりました。万国博覧会や、様々なコンテストで賞を受けるようになり、特にポケットクロノメーターや航海用時計の分野でそのブランド名を知られるようになりました。
しかしクォーツ時計の登場で、ユリス・ナルダンは工場を閉鎖状態にまで追い込まれてしまいました。航海用時計は高精度および、堅ろう製、取り扱い易さを求められます。主力商品だった機械式航海用時計は、正確で振動にも強く、ネジを巻く必要も無いクォーツ時計に、駆逐されてしまったのです。
これを救ったのが天才時計職人のルードヴィッヒ・エリクスン氏です。
1980年代に入り、世界に機械式時計を見直そうという風潮が高まり始めました。機械式時計を、単なる時間を知るための道具ではなく、文化、嗜好、技術を伝承するアイテムとして復活させようという動きがでてきたのです。クォーツ式ならチップ1枚ですんでしまうところを、機械部品の複雑極まりない構造と、卓越した加工、組み立て技術により構成される永久カレンダー、ミニッツリピーター、トゥールビヨンなどの複雑機構を組み込んだ機械式腕時計は、まさに芸術品と呼ぶにふさわしいものです。
しかし、技術的には極めて難しく、こうした腕時計を設計、組み立てできるのはほんの一握りの時計師しかいませんでした。その1人であったエリクスン氏は、1985年にユリス・ナルダンのために素晴らしい天文時計を作り上げたのです。実用精度を持つ天体表示は困難といわれていた天文時計において、エリクスン氏がユリス・ナルダンから発表した複雑天文時計アストロラビウム「ガリレオ・ガリレイ」は機構にしろ文字盤のデザインにしろ、そのあまりの超複雑ぶりに、スイス時計産業界の機械式時計を復興させる起爆剤となりました。標準時、地方時、日食、月食、黄道十二宮、パーペチュアルカレンダーを搭載し、それを1つのリューズで調整できたのです。
「ガリレオ・ガリレイ」に続いて、1988年にローカルタイム、月、黄道十二宮、ムーンフェイス、6惑星や月の正確な位置、パーペチュアルカレンダーをすべて文字盤上に配置し、太陽系の全貌を表現した、「プラネタリウム・コペルニクス」を発表し、さらに1993年、中心に北極上空からみた地球をあしらい、ムーンフェイスパーペチュアルカレンダー、24時間表示、日食、月食表示を搭載して、地球、太陽、月の相関関係を表現した、テリリウム「ヨハネス・ケプラー」が発表されて、天文3部作が完成しました。
どれも見ているだけで楽しく、素晴らしい時計ですが、

「ガリレオ・ガリレイ」:K18YGケース        ¥7,800,000
「プラネタリウム・コペルニクス」:K18YGケース  ¥6,800,000
「ヨハネス・ケプラー」:Ptケース          ¥13,000,000

と、3つ揃えてコレクションするにはちょっと高価すぎますよね。