第18回  バルジュー(エタ)7750クロノグラフムーブメント

ジャガールクルトレベルソの回で、マニファクチュールとはムーブメントおよび外装部品の製作から、組み立て、ケーシング、精度検査まで時計製造の全行程を一貫して自社内で行う会社であることは説明しました。時計王国スイスにおいてもマニファクチュールは数社に限られてしまいます。
では、その他の多くのメーカーはどうしているのでしょうか?もっとも多いパターンは汎用ムーブメントをムーブメント製造会社より購入し、それを自社でデザイン、製造したケースに組み込むというやり方です。ファッション時計などは、デザインのみを行い、あとはすべて外注にしてしまう場合が多く、高級機械時計の場合は、汎用ムーブメントを改造して新たな機能を追加したり、仕上げを変えたりと、そのブランド独自の手を加えて使用しています。機械式クロノグラフともなると、構造が複雑になるため汎用ムーブメントの選択の幅も限られてしまいますが、世界の時計メーカーの8割以上が、そのまま使用するか、もしくは改造前のベースとして採用している機械式クロノグラフの汎用ムーブメントがあります。これが、「バルジュー(エタ)Cal.7750」クロノグラフムーブメントなのです。
このムーブメントは、かつての名門ムーブメントメーカー「バルジュー社」が1970年に開発しました。このムーブメントの長所は、毎時28,800振動の高精度、コストパフォーマンス、汎用性、信頼性に加えて、構造上、カスタムとメンテナンスが容易なことです。ゼニスのエルプリメロのように突出したスペックはありませんが、ほとんど死角がなく、メーカーの様々な要求に応じられる柔軟性を持っています。
この優れたムーブメントを開発した「バルジュー社」は19世紀後半にスイスの小さな工房として生れ、1901年にJ&Cレイモンド兄弟社というムーブメントメーカーになり、後に社名を所在地の「バルジュー社」としました。1926年にムーブメントメーカーの「エタ社」が中心となって持ち株会社エボーシュS.A.を設立し、「バルジュー社」「ヴィーナス社」「ユニタス社」など有名なムーブメントメーカー17社が参加し、パーツの共有化や量産体制の確立などをメーカー共同で進めました。「バルジュー社」はこのグループの一員として名作クロノグラフムーブメントを開発しました。そうした中で生れたのが、「バルジュー(エタ)Cal.7750」です。
Cal.7750は縦3カウンター仕様のクロノグラフムーブメントで、最大の特徴は、メンテナンスのし易さと汎用性の高さです。メンテナンスのし易さは、クロノグラフの制御機構に従来のコラムホイール方式を、カム方式にしたことです。これにより、パーツの数が大幅に減り、構造が簡素化しました。動作の滑らかさこそコラムホイール方式に劣るもののコストや整備の面ではずっと有利になりました。また、汎用性に関しても、日付け、曜日表示を標準装備しており、自動巻方式を採用しています。しかも、日付け、曜日表示機構および自動巻機構はそれぞれモジュール化されているため、メンテナンスがやり易く、カスタマイズが簡単にでき、モジュールを各メーカーオリジナルのものにすることもできます。
バルジュー(エタ)7750クロノグラフムーブメントをベースにしたクロノグラフを製作している主なメーカーとして、タグ・ホイヤー、ロンジン、エポス、ティソ、オリス、ボールウォッチ、モーリス・ラクロア、アイクポッド、アラン・シルベスタインなど、個性的な時計をリーズナブルな価格で出しているところが多いようです。「バルジュー社」はクォーツショックによる業界再編のなかで、1982年に「エタ社」に吸収合併され、バルジューの名は現在では消えてしまっています。Cal.7750の生産は「エタ社」が引き継ぎ、正式名称は「エタ7750」なのですが、ファンの多い「バルジュー」の名前は生き続け、「バルジュー7750」と呼ばれることも多くあります。また、その功績に敬意を表し、ティソのように、その時計自身に「Tロード・バルジュー」と「バルジュー」の名前を冠したモデルもあります。